アイシャドウの捨て時

浅上秀

文字の大きさ
19 / 31
社会人編

12

しおりを挟む
ルリ子が異性の部屋を訪れるのは浩太で二人目だ。
工藤の部屋はいつもちょっとだけ荒れていて、片づけを手伝うこともあった。
料理が苦手だったのでルリ子が食事を作ることも多かった。
そんなことをぼんやりと思いながらきれいなエントランスに入ってエレベーターに乗り込む。
浩太に連れられて彼が明けた扉に入る。

「うわぁ!」

玄関からリビングまでモノトーンでまとめられたシックな部屋だ。

「ソファにでも座ってて」

ルリ子は黒い革張りのソファに恐る恐る腰かける。

「メイク落としあったよ、僕の使いかけだけど。良かったらどうぞ」

「ありがとうございます」

浩太の部屋に来る途中でコンビニに寄ってもらい、簡易的な下着の替えと基礎化粧品だけ購入させてもらったが、メイク落としは浩太の家にあるとのことだったので買わなかったのだ。

「先にシャワー浴びておいでよ。お客様なんだから、ね?」

「え、いいんですか?」

ルリ子は床に荷物を下ろす。

「うん、行っておいで。タオル置いておくから」

「は、はい」

ルリ子はドキドキする胸元を抑えながら浴室に向かった。
シャワーを浴びながら自身の身体をくまなく確認する。
浴室からでると脱いだ服の隣にスウェットの上下とタオルが置かれていた。
ルリ子はコンビニで買った下着と置かれていたものを身に着けて脱衣所を出た。

「ただいま戻りました…」

リビングに入ろうとしたルリ子は立ち止まって息をひそめる。
浩太は誰かと電話で話しているようだ。

「え、明日?明日はちょっと予定があるんだ。うん、うん、今日これから家に来るって?それは困るよ、うん、必ず埋め合わせはするから、あぁ、うん、じゃあね」

水族館で見たあの優しい表情で浩太は電話していた。
ルリ子は気づかなかったふりをしてリビングに入る。

「お先に、お風呂いただきました」

「おかえり」

浩太は笑顔でルリ子を出迎えてくれた。

「僕も入ってこようかな」

「はい、いってらっしゃい」

「テレビ見たりとか好きにしてていいからね」

「ありがとうございます」

ルリ子は笑顔で浩太を見送る。
テレビを見る気分にもなれず、ルリ子はゴロリとソファに寝転がる。
テーブルの上に見える浩太の携帯を恨めしく思う。

「どうして私がこんな気持ちにならなければいけないの…」

折角、お互いの気持ちが通じ合ったというのに。
唇をかみしめたルリ子は身体を動かして彼の携帯を視界に入れないようにする。
目をつぶると疲れていたのか意識が沈んでいく。

「泊まりに、来たのに」

ルリ子は浩太がバスルームから戻るのを待てずに眠ってしまったのだった。



次の日、ルリ子が目を覚ますと浩太と二人でベットに寝ていた。
着衣は乱れていない。

「私、昨日、」

「おはよう、ルリ子ちゃん、早起きだね」

浩太が目を覚ましたのかルリ子の隣で身体を伸ばしている。

「すみません、昨日、私ったら」

「いいんだよ、仕事もあったし疲れていたんだろ?その代わり…」

ルリ子の上に浩太が跨る。

「今日はたくさんルリ子ちゃんをいただこうかな」

二人は朝から濃密な時間を過ごしたのだった。



それから浩太との関係は”順調に”深まっていった。
ルリ子は一つだけ驚くことがあった。

工藤の時に感じた身体をつなげる嫌悪感がないことだ。
ルリ子は彼女自身が大人になったからだ、と考えているが工藤と比較して嫌悪感が少ないだけで一定程度心の中ではそういった行為があまり好きにはなれずにいる。

それから浩太が表情を柔らかくする件の電話の相手だが、いつになっても誰かはわからないでいた。
誰かと電話をしている浩太の様子は幾度となく見かけるが、その度にルリ子は電話の相手を確かめられずにいた。

「彼の仕事関係の人かもしれない」

日を重ねるごとに疑心暗鬼になっていく自分が嫌になるルリ子はそう割り切って考えることにしたのだった。
彼に限って浮気しているわけがないのだ。
そうすると少しだけ気持ちが楽になった。

それから浩太は付き合い始めてからもデートの内容は付き合う前と変わらなかった。
ただ一つだけ大きな変化が起きた。

「今日、泊っていくよね?」

「はい!」

付き合うまでは決して日を跨いで一緒にいてくれなかった浩太が泊めてくれるようになったのだ。
また逆にルリ子の部屋に泊まったりするようになったのだ。

こうしてルリ子は浩太と一緒に時を過ごせることがとても幸せだった。
その一方で心のどこかで何かがくすぶっているのを感じていた。
しかしその心の中にくすぶっているもやもやを誰にも相談できないでいる。
友達に相談しようにもマリは最近、子供が走り回るので大変らしいし、サキは新たに儲かるSNSビジネスを見つけたとかで忙しそうだ。

「最近、彼氏とどう?」

色々ルリ子の中に溜まっていたのだろうか。
昼休みに先輩にそう尋ねられて思わずルリ子の涙腺は崩壊して、涙がとめどなくあふれてしまう。

「ど、どどうしたの?何かあったの?」

先輩が二人がかりでルリ子の周りをオロオロする。
しかしルリ子にもなぜ涙があふれてくるのか分からなかった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

“熟年恋愛”物語

山田森湖
恋愛
妻を亡くし、独りで過ごす日々に慣れつつあった 圭介(56)。 子育てを終え、長く封じ込めていた“自分の時間”をようやく取り戻した 佳奈美(54)。 どちらも、恋を求めていたわけではない。 ただ——「誰かと話したい」「同じ時間を共有したい」、 そんな小さな願いが胸に生まれた夜。 ふたりは、50代以上限定の交流イベント“シングルナイト”で出会う。 最初の一言は、たった「こんばんは」。 それだけなのに、どこか懐かしいような安心感が、お互いの心に灯った。 週末の夜に交わした小さな会話は、 やがて食事の誘いへ、 そして“誰にも言えない本音”を語り合える関係へと変わっていく。 過去の傷、家族の距離、仕事を終えた後の空虚—— 人生の後半戦だからこそ抱える孤独や不安を共有しながら、 ふたりはゆっくりと心の距離を縮めていく。 恋に臆病になった大人たちが、 無理をせず、飾らず、素のままの自分で惹かれ合う—— そんな“優しい恋”の物語。 もう恋なんてしないと思っていた。 でも、あの夜、確かに何かが始まった。

2月31日 ~少しずれている世界~

希花 紀歩
恋愛
プロポーズ予定日に彼氏と親友に裏切られた・・・はずだった 4年に一度やってくる2月29日の誕生日。 日付が変わる瞬間大好きな王子様系彼氏にプロポーズされるはずだった私。 でも彼に告げられたのは結婚の申し込みではなく、別れの言葉だった。 私の親友と結婚するという彼を泊まっていた高級ホテルに置いて自宅に帰り、お酒を浴びるように飲んだ最悪の誕生日。 翌朝。仕事に行こうと目を覚ました私の隣に寝ていたのは別れたはずの彼氏だった。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

君までの距離

高遠 加奈
恋愛
普通のOLが出会った、特別な恋。 マンホールにはまったパンプスのヒールを外して、はかせてくれた彼は特別な人でした。

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...