アイシャドウの捨て時

浅上秀

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社会人編

21

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ルリ子の顔からスーッと血の気が引くのを感じた。

「なんで、この二人が、いるの」

榊と工藤はうつむいて座っている。

「二人を呼んだのには理由があるんだ。頼むから、話を聞いてくれ」

なかなか座らないルリ子を浩太が宥める。

「…わかったわ」

ルリ子が腰かけるとウェイターが水を持ってきてくれた。

「ホットコーヒーを」

「かしこまりました」

ルリ子を待っていた三人は楽しそうに食事をしていたようで、テーブルには空のパスタやハンバーグの皿がのっている。

「それで、話とは」

二人きりで話せると思っていたルリ子は浮かれた気持ちをかなり沈まされた。
声にもそれが現われたようでかなり冷たい声が出る。

「ルリ子ちゃん、僕と夏美がいたのみたんでしょ?それで、その…」

浩太が言葉に詰まったのをみてルリ子は言葉を引き継いだ。

「浮気したと思った。それがなにか?」

「違うの、浮気なんかじゃないの!」

榊がルリ子の方に身を乗り出してくる。
ルリ子は咄嗟に顔を引いた。

「ご、ごめんなさい…その、誤解だって、一刻も早く伝えたかったの」

「誤解」

ルリ子はその二文字を復唱する。

「お待たせいたしました。コーヒーです」

いいタイミングなのか、ルリ子の元にコーヒーが運ばれてくる。

「ありがとうございます」

「ご、ごゆっくりどうぞ」

そそくさとウェイターは去って行った。

「誤解とは」

ルリ子はコーヒーを一口飲んでから続きを榊に促す。

「…僕たちお、兄妹なんだ」

浩太がつぶやく。

「兄妹…?」

ルリ子は一瞬、理解できなかった。
榊と浩太の顔を見比べる。

「そうなんだ、親が離婚したから名字は違うんだけど」

顔をよく見れば似ていなくもない気がする。

「離婚しても兄妹仲はいいからよく一緒にでかけたりしてて、それで今でも仲良くて写真とかSNSにあげてたの」

榊がもじもじと答える。

「俺はいとこなんだ、俺の母親がこの二人の母親の妹」

先ほどまで一言も話していなかった工藤が口を開く。

「家に行くほど仲がいい従兄ってこと?」

ルリ子は工藤から若干視線をそらして彼を見る。

「そう」

工藤は睨むようにルリ子を見る。

「従兄でも結婚はできるから浮気をしていない理由にはならない。それに浩太さんも、私前に言ったわよね?私といる時に誰と電話してたのかなって。ねぇ、妹と電話してたの?恋人といてもあなたには私よりも妹が大切だったと、そう言いたいの?」

ルリ子は浩太を涙目で睨む。
浩太は口をパクパクさせているが、弁解の言葉は出てこない。

「榊さんもよ。私、あの日見たの。二人が相合傘をして腕を組んで工藤君の家に入るところを。工藤君はその前に私にアルバイト先に迎えに来るように言ったわ。二人は私に見せつけたかったのでしょう?仲がいいですって」

ルリ子は矢継ぎ早に榊と工藤を攻める。

「ごめん」

「そ、そんなつもりは!」

二人が声を荒げる。

「もう一つ、ルリ子ちゃんに伝えなければいけないことがある」

黙っていた浩太が言う。

「なに、この期に及んで」

「亮、言わなきゃいけないこと、あるだろ」

浩太が工藤に言った。

「…ルリ子、マッチングアプリやってただろう?」

「ええ、どうして知っているの?」

ルリ子は驚きで目を瞬かせた。

「俺がクリスマスの日、ドタキャンしたんだよ」

「え?でも、写真が…」

「あれはちょっと盛ってたというか…とにかく待ち合わせ場所に行ったらルリ子がいて驚いて。でも俺、ルリ子に会う気ないからドタキャンした」

「私も工藤君には会いたいと思ってなかったので良かったです」

ルリ子は冷たく突き放す。

「でも話はそれだけじゃないんだ。その…」

工藤は続きをとても言いにくそうにしている。

「亮」

浩太に名前を呼ばれて工藤は身体をビクつかせる。

「それでルリ子の後をつけたんだ。そしたらあの店に入って。俺大学生になってからお祝いで浩太兄に店に連れていってもらったことあったから、でも一人じゃ入れないから浩太兄に電話して頼み込んで来てもらったんだ」

ルリ子はその続きを何となく想像できた。

「それで僕は」

浩太が続き話そうとしたがルリ子の顔から涙が流れるのを見ると何も言えなくなってしまったようだ。

「運命でもなんでもなかったのね」

ルリ子はぼそりと呟く。
二人の男性と付き合ったが二人とも運命ではなかった。

「つまり三人で私をからかっていた、ということでしょう」

ルリ子は頬の涙を全て拭うと吐き捨てるように言う。

「違う!そんなつもりじゃ!」

「じゃあなんで!なんで私に声をかけたの?工藤君も、浩太君も。大学に入ったばかりの私は世間知らずだったもの。からかうには格好のターゲットだったでしょうね。それにマッチングアプリで会えると思った相手に振られてみじめな私も、全部、全部」

拭っても拭ってもルリ子の涙は止まらない。

「話は以上ですか?帰ります。さようなら、荷物は今から取りに行くので…寺嶋さんの家にお邪魔させていただきますね」

ルリ子はそういうと立ち上がり、テーブルの上の伝票の中の字部の頼んだコーヒーのものだけを抜き取る。




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