軍鶏鍋屋と二人の盗人

浅上秀

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11話

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噂をすればとはこのことだろうか。
その日の営業時間中に飛び入りで来た客に変な奴がいた。。

「喜助の旦那ぁ、どうしやしょう…」

接客した三郎が萎れた声で喜助に助けを求めた。

二人組の男で、一人は大声で偉そうに話をする老年の男、もう一人はその男の言葉を永遠と褒め続ける親父だった。

偉そうな男はずっと案内がおそいだの、店が安っぽいだのしこたま文句を垂れていた。
そんな二人は料理を口にするとおとなしくなったので気にしないでおこうとした。

しかしそう上手くはいかなかった。

「店主よ、お勘定を」

客が勘定に喜助を呼んだ。

「はい、ただいま」

男は金を支払いながら喜助に文句を言ってきた。

「どうも、私は今度、近所に料理屋を出すもんなんですがね、いやぁ評判を聞いて来てがっかりしましたよ」

喜助が笑顔で尋ねる。

「がっかりされたとは?」

「料理の味はまぁまぁだけどね、接客やら店がなってませんねぇ。私の店の方がよっぽどいい」

「そうですか」

「早いとこ、お店をたたまれることをお勧めしますよ」

男はにやつきながら帰っていった。

「な、なんですかい!今の失礼な輩!」

三郎が怒っている。
その隣で又二郎がつぶやいた。

「あいつが越丸屋の…」

「えぇ、でしょうね。たぶん店主かと」

喜助は笑顔のままだった。

「善は急げですかね」

三人は情報収集を急ぐことにした。



次の日、三郎は買い出し先の店、又二郎は馴染みの酒屋、喜助は独自の情報網から越丸屋の情報を仕入れてきた。

「まずあっしから」

三郎は市場での情報を共有した。
店の人たちは親切に教えてくれたそうだ。

「越丸屋の旦那、けっこう市場からも煙たがられてやした。でも金はあるし、羽振りは良いから、皆商品を下ろしてはいるけど、関わりたくはないみたいでやすよ」

「なるほど…」

喜助が頷く。

「でも中の事情はあまり聞けなくて…」

三郎は周りの噂は仕入れられたものの、内情までは知ることができなかったようだ。

「次はおいらだ」

又二郎は馴染みの酒屋から話を聞いてきた。

「酒屋って言っても実は昔の盗人仲間でな、急ぎ働きの情報事情に詳しいやつでよ、そいつが言うにはここら辺のどこかの店が次は危ないって話でぃ」

「ここら辺の店って、けっこう適当ですね」

又二郎は苦笑いをする。

「まぁな。でも越丸屋の話は聞けたぜ。毎回、標的の店を決めて潰れるまで嫌がらせしてくるのはほんとらしい」

そして更に眉を顰めて続けた。

「あときわめつけに、盗人雇って店のものから店主の命まで全部持ってちまうらしいな。そんなの片棒担ぐ盗人なんざぁ絞られる。そいつらの癖やらなにやら聞いといたから後で罠でも仕掛けやしょ」

「それは頼もしい話ですね」

喜助は笑って答える。
又二郎も表情を緩めた。

「元だがおいらたちも盗人の端くれよう。あいつらの鼻、あかしてやりやしょ」

「あっしも頑張りやす!」

又二郎も三郎もとても頼もしかった。
喜助は頷いた。

「最後は私の番ですね」

喜助の表情が少し堅くなる。

「私はちょっと幕府の方の近くからお話を聞いてきました。お縄にできないのは、幕府とつながりがあるからだけでなく、相当な賄賂を渡してるとかで・・・まぁなんと言っていいやら」

「そりゃあ、許せねぇな」

又二郎の表情も堅くなった。

「ええ、だからちょっとその方々にもご協力いただいて、賄賂を受け取っていらっしゃる方とまとめて成敗させていただこうかと」

「わぁ!こりゃあ、おおとりものになりそうでぃ!」

三郎だけが無邪気にしている。

「あとは私の家のほうの力も少々借りることにしました…不本意ですがね」

「そういえば喜助の旦那の実家って…?」

「おいおいわかりますよ」

喜助はそう答えると苦笑いした。



それから三人は盗人用の罠の準備に取り掛かった。

「これでいつ忍び込まれても大丈夫でい」

「あくまでの私の予想ですが、向うの店が開くまで何もして来ないかと」

「なんでですかい?」

「しばらくはうちの評判を落とすことに注力するかと、そして疲弊したところに盗みに入るという手口みたいなので」

「なるほど。それであちらさんの開店日はいつなんだい?」

「明日です」

「「あ、明日!?」」

明日から三人は受難の予感がしていたのだった。




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