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第1話 貴族だからってお金を持ってるわけじゃない
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ライトリム学院は、ハイラント王国建国当初から、貴族の子息達の学舎として長い歴史と伝統を誇っていた。
などと書くと、その中身はさぞかしきらびやかで、そこに通う生徒達も気品ある優雅な人達だろうと想像するかもしれない。実際、そんな生徒は多い。
だけど私、シアン=アルスターは今、そんな優雅さなんて微塵も出す余裕はなかった。教室の片隅で、眉間にシワを寄せながら、一人唸っていた。
「またバイトの面接ダメだった。接客、清掃、皿洗い、全部ダメ。私は働くことすらできないって言うの?」
力なく机の上で横になりながら、深くため息をつく。こんな姿、もしマナーうるさい先生にでも見つかったら、小言の一つも言われるだろう。
だけど、どうか今は勘弁してほしい。人間、落ち込むべき時にしっかり落ち込まないと、そこから立ち上がる事だってできやしないのだから。
「どうしたのシアン。見るからに元気ないんだけど」
「あっ、パティ。気にしないで。これは、いずれ力強く立ち上がるためには必要な事なのよ」
「いや、意味わかんないんだけど。何かあったら話してみてよ」
声をかけてきた彼女の名前は、パティ=ルズベリー。私と同じく、この学院の高等部の一年生だ。入学と同時に知り合い、今では最も仲のいい友達だ。
そんな彼女の問いに答えるため、さっきのため息の理由を話す。
「昨日バイトの面接受けたんだけと、断られちゃってね、これでもう5連敗。途中まではいいんだけど、私が貴族の娘だって知ったとたん、みんな顔が曇るのよね」
「ああ……」
パティも、それを聞いて何となく事態を察したようだ。
ここライトリム学院では、一定以上の成績をおさめた上で許可証を習得すれば、社会経験を積むという名目で、アルバイトをすることができる。
だけどいくら学校側がバイトを認めていても、雇う側が受け入れてくれるとは限らない。
「学生バイトができるとこって、大抵その辺の商店や喫茶店とかだからね。貴族の娘を雇うってなると尻込みもするか」
「そうかもしれないけどさ、私の人となりを見て断られたならともかく、貴族って肩書きだけでダメになるのは悔しいよ。貴族かどうかで区別するなんて時代遅れだし、だいたいうちは貴族って言っても、大した家柄じゃないのに」
流通や交易が発達し、誰でも富を得るチャンスを持てるようになった昨今、貴族と平民との間にあった垣根はだんだん下がってきている。例えば、パティは立場としては平民になるけど、かつては貴族専用だったこの学校にも普通に入学できている。
「よしよし。たしかに、シアンは貴族って言っても全然それを鼻にかけたりしないからね。最初は私と同じ平民かと思ったよ」
「鼻にかけられるほど大したものじゃないってだけだよ」
「って言うか、どうしてそこまでしてバイトしようとしてるの? 社会経験を積めっていう家の方針とか?」
「違う違う。もっと単純で切実な理由だよ」
確かに、中にはそんな理由でアルバイトをする生徒もいるって聞くけれど、私はそんな立派な動機なんて持っちゃいない。
「そう言えば、パティにはまだ話したことなかったっけ。実は今、うちの家計は火の車なの」
「…………は?」
「だからせめて、自分のご飯代くらいは何とかしたいなって思って──」
「ちょ、ちょっと待って!」
目を丸くしながら、慌てた様子で口を挟むパティ。
「ご飯代くらいはって、けっこうギリギリの生活してないと出てこないセリフだと思うけど、そんなにヤバイの? シアンの家って本当に貴族なのかも怪しくなってきたんだけど!」
「だからさっきも言ったけど、うちは貴族って言っても大したものじゃないから。昔、ご先祖様がとっても胡散臭い手柄を立てて位をもらっただけ」
「胡散臭いって、あんた仮にも自分の先祖に向かって……」
「だって本当に胡散臭いんだもの。それに、今は家柄よりも商才が物を言う時代でしょ。で、お父さんにはその商才が無かったってこと。商売に手を出したのはいいけど、赤字続きで借金作っちゃった。おかげで今日も金策に走り回ってるよ」
うーん、改めて言葉にしてみると、我が事ながらなかなかに大変な状況だ。だけど初めてこれを聞いたパティのショックは、私よりもずっと大きかったらしい。
「ねえ、本当に大丈夫なの? このまま学校辞めちゃうって事にはならないよね?」
「ごめんごめん、脅かしちゃったね。いくらなんでも今すぐ暮らしていけなくなるってほどじゃないし、お父さんも学校だけは絶対に出してやるって言ってたよ。ご飯代を稼ぐってのも、お金の価値と自分の置かれている状況を忘れないためにやりたいだけだから」
バイトの目的は、ただお金だけにあらず。逞しく生きるため、まずはこういうとこからハングリー精神をきたえなくちゃ。
「もしかして、シアンが流通や経済の授業を選択してるのも、卒業した後の事を考えてなの?」
「そうだよ。私だっていずれはお父さんの仕事を手伝わなきゃならないだろうから、勉強しておいて損はないでしょ」
「うぅ……シアン、あんたいい子だね。浮わついた理由で受ける授業を決めてるような奴らに聞かせてやりたいよ」
感激屋のパティは、ハンカチで目元を押さえながら、もう片方の手でポンポンと私の肩を叩く。私だって成り行きでこうなっただけなのだからそこまで褒められるような事をしてるつもりはないけど、親身になって話を聞いてくれるのは嬉しかった。
「ありがとね、パティ」
パティもこうして応援してくれてるのだし、たかだかバイトに5回落ちたくらいで落ち込んではいられない。学校が終わったら、またどこか働けそうな所を探してみよう。
そう決意したその時だった。教室の入り口の方から、なんだか賑やかな声が聞こえきた。
顔を向けると、そこには数人の生徒が群がっていて、ついでに言うとそのほとんどが女子生徒だった。
ただしその中心にいるのは一人の男子生徒だ。
「オウマ君、相変わらず凄い人気だね」
パティがそう漏らしたけど、その声に驚きの感情は含まれていない。
一人の男子生徒と、それを囲う何人もの女子生徒。知らない人が見たら多少びっくりするであろうこの光景も、この学校では見慣れたワンシーンなのだから。
男子生徒の名前は、エルヴィン=オウマ。
彼の存在と、この女生徒からの異様な人気ぶりは、今やこの学校で知らない人を探す方が難しいかもしれない。
などと書くと、その中身はさぞかしきらびやかで、そこに通う生徒達も気品ある優雅な人達だろうと想像するかもしれない。実際、そんな生徒は多い。
だけど私、シアン=アルスターは今、そんな優雅さなんて微塵も出す余裕はなかった。教室の片隅で、眉間にシワを寄せながら、一人唸っていた。
「またバイトの面接ダメだった。接客、清掃、皿洗い、全部ダメ。私は働くことすらできないって言うの?」
力なく机の上で横になりながら、深くため息をつく。こんな姿、もしマナーうるさい先生にでも見つかったら、小言の一つも言われるだろう。
だけど、どうか今は勘弁してほしい。人間、落ち込むべき時にしっかり落ち込まないと、そこから立ち上がる事だってできやしないのだから。
「どうしたのシアン。見るからに元気ないんだけど」
「あっ、パティ。気にしないで。これは、いずれ力強く立ち上がるためには必要な事なのよ」
「いや、意味わかんないんだけど。何かあったら話してみてよ」
声をかけてきた彼女の名前は、パティ=ルズベリー。私と同じく、この学院の高等部の一年生だ。入学と同時に知り合い、今では最も仲のいい友達だ。
そんな彼女の問いに答えるため、さっきのため息の理由を話す。
「昨日バイトの面接受けたんだけと、断られちゃってね、これでもう5連敗。途中まではいいんだけど、私が貴族の娘だって知ったとたん、みんな顔が曇るのよね」
「ああ……」
パティも、それを聞いて何となく事態を察したようだ。
ここライトリム学院では、一定以上の成績をおさめた上で許可証を習得すれば、社会経験を積むという名目で、アルバイトをすることができる。
だけどいくら学校側がバイトを認めていても、雇う側が受け入れてくれるとは限らない。
「学生バイトができるとこって、大抵その辺の商店や喫茶店とかだからね。貴族の娘を雇うってなると尻込みもするか」
「そうかもしれないけどさ、私の人となりを見て断られたならともかく、貴族って肩書きだけでダメになるのは悔しいよ。貴族かどうかで区別するなんて時代遅れだし、だいたいうちは貴族って言っても、大した家柄じゃないのに」
流通や交易が発達し、誰でも富を得るチャンスを持てるようになった昨今、貴族と平民との間にあった垣根はだんだん下がってきている。例えば、パティは立場としては平民になるけど、かつては貴族専用だったこの学校にも普通に入学できている。
「よしよし。たしかに、シアンは貴族って言っても全然それを鼻にかけたりしないからね。最初は私と同じ平民かと思ったよ」
「鼻にかけられるほど大したものじゃないってだけだよ」
「って言うか、どうしてそこまでしてバイトしようとしてるの? 社会経験を積めっていう家の方針とか?」
「違う違う。もっと単純で切実な理由だよ」
確かに、中にはそんな理由でアルバイトをする生徒もいるって聞くけれど、私はそんな立派な動機なんて持っちゃいない。
「そう言えば、パティにはまだ話したことなかったっけ。実は今、うちの家計は火の車なの」
「…………は?」
「だからせめて、自分のご飯代くらいは何とかしたいなって思って──」
「ちょ、ちょっと待って!」
目を丸くしながら、慌てた様子で口を挟むパティ。
「ご飯代くらいはって、けっこうギリギリの生活してないと出てこないセリフだと思うけど、そんなにヤバイの? シアンの家って本当に貴族なのかも怪しくなってきたんだけど!」
「だからさっきも言ったけど、うちは貴族って言っても大したものじゃないから。昔、ご先祖様がとっても胡散臭い手柄を立てて位をもらっただけ」
「胡散臭いって、あんた仮にも自分の先祖に向かって……」
「だって本当に胡散臭いんだもの。それに、今は家柄よりも商才が物を言う時代でしょ。で、お父さんにはその商才が無かったってこと。商売に手を出したのはいいけど、赤字続きで借金作っちゃった。おかげで今日も金策に走り回ってるよ」
うーん、改めて言葉にしてみると、我が事ながらなかなかに大変な状況だ。だけど初めてこれを聞いたパティのショックは、私よりもずっと大きかったらしい。
「ねえ、本当に大丈夫なの? このまま学校辞めちゃうって事にはならないよね?」
「ごめんごめん、脅かしちゃったね。いくらなんでも今すぐ暮らしていけなくなるってほどじゃないし、お父さんも学校だけは絶対に出してやるって言ってたよ。ご飯代を稼ぐってのも、お金の価値と自分の置かれている状況を忘れないためにやりたいだけだから」
バイトの目的は、ただお金だけにあらず。逞しく生きるため、まずはこういうとこからハングリー精神をきたえなくちゃ。
「もしかして、シアンが流通や経済の授業を選択してるのも、卒業した後の事を考えてなの?」
「そうだよ。私だっていずれはお父さんの仕事を手伝わなきゃならないだろうから、勉強しておいて損はないでしょ」
「うぅ……シアン、あんたいい子だね。浮わついた理由で受ける授業を決めてるような奴らに聞かせてやりたいよ」
感激屋のパティは、ハンカチで目元を押さえながら、もう片方の手でポンポンと私の肩を叩く。私だって成り行きでこうなっただけなのだからそこまで褒められるような事をしてるつもりはないけど、親身になって話を聞いてくれるのは嬉しかった。
「ありがとね、パティ」
パティもこうして応援してくれてるのだし、たかだかバイトに5回落ちたくらいで落ち込んではいられない。学校が終わったら、またどこか働けそうな所を探してみよう。
そう決意したその時だった。教室の入り口の方から、なんだか賑やかな声が聞こえきた。
顔を向けると、そこには数人の生徒が群がっていて、ついでに言うとそのほとんどが女子生徒だった。
ただしその中心にいるのは一人の男子生徒だ。
「オウマ君、相変わらず凄い人気だね」
パティがそう漏らしたけど、その声に驚きの感情は含まれていない。
一人の男子生徒と、それを囲う何人もの女子生徒。知らない人が見たら多少びっくりするであろうこの光景も、この学校では見慣れたワンシーンなのだから。
男子生徒の名前は、エルヴィン=オウマ。
彼の存在と、この女生徒からの異様な人気ぶりは、今やこの学校で知らない人を探す方が難しいかもしれない。
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