生贄花嫁はアヤカシ狐からの溺愛を受け入れられない

無月兄

文字の大きさ
43 / 48

再会

しおりを挟む
 突然現れ、母である志織の体を支える紬。
 それを、常貞は信じられないような目で見る。
 彼女がこの場にいるはずがない。それどころか、この世界にいるはずがない。そう思っていた。

 一方紬は、そんな常貞には目もくれず、ただ志織だけを見ていた。

(お母さん……)

 彼女に不吉な何かが迫っている。しかも、月城家が関わっているかもしれない。
 そう聞いてから、紬たちの決断は早かった。

 母に会いたい。そして、もしも何か危ない目にあっているのなら、助けたい。
 どうしたいかと詩に問われそう答えると、詩はすぐさまアヤカシの世界に戻り、配下の者たちと駕籠を呼び寄せた。
 そうして紬はアヤカシたちの担ぐ駕籠に乗り、あっという間にここまでやってきたのだ。

 彼女にとっては、数年ぶりに見る母の顔。かつては見上げるくらい違っていた身長が、今ではほとんど同じになっている。
 それだけ変わってしまったのだ。もしかすると、目の前にいる自分が娘だとわからないかもしれない。
 そんな不安から、言葉が出てこない。
 しかし志織は、そんな紬の顔を見て声を震わせる。

「あなた……紬なの?」

 一言、名前を呼ばれる。たったそれだけで、心が揺さぶられる。

 何か、何か返事をしなければ。
 しかし紬が何か言う前に、常貞が大声で怒鳴りだした。

「ば、バカな! どうしてお前がここにいる。まさか、アヤカシの世界から逃げてきたとでも言うのか!」

 紬がここにいることが信じられないのだろう。
 同時に彼は、心の底から焦っていた。
 もしも紬が本当にアヤカシの所から逃げてきたというのなら、自分までアヤカシの怒りを買うかもしれないのだ。

「お前たち、こいつを捕まえろ! すぐに送り返さなくては!」

 我が身の破滅を恐れて、配下の男たちに命令を下す。
 だが男たちが動く前に、部屋の中に別の声が響いた。

「その必要はないよ。紬は、俺と一緒にここに来たんだから」
「だ、誰だ!?」

 その声は、すぐ近くから聞こえてきた。なのに常貞がいくら周りを見回しても、声の主はどこにも見当たらない。
 男たちも、志織も、何が起きたのかと困惑していた。

「ああ。霊力のない人間にも俺のことがわかるようにしたつもりだったけど、これじゃまだ声が聞こえるだけか。なら、これならどうかな」

 再び声が聞こえてきたかと思うと、常貞たちの目の前に、突如何者かが出現する。
 何もない空間から、いきなり現れた。常貞たちには、そう見えているだろう。
 だが紬にだけは、ずっと前から彼の姿が見えていた。
 狐の耳と尻尾のついたアヤカシ。詩の姿が。

 霊力のない人間は、アヤカシの存在を認識できない。だが特殊な術を使えば、そんな人間でもアヤカシ声が聞こえ、姿が見えるようになる。詩はその術を使い、全員に自分のことがわかるようにしたのだ。

「ひ……ひぃぃぃっ!」

 詩の姿を目にした途端、常貞が腰を抜かして後ずさる。
 驚いたのは、志織も同じだったのだろう。体をくっつけていた紬には、一瞬ビクリと震えたのがわかった。
 そんな彼女を安心させるように言う。

「大丈夫。大丈夫だから」

 一方、姿を現した詩は、ゆっくりと常貞に歩み寄っていく。
 咄嗟に、常貞配下の男たちが止めようとしたが、詩が手をかざしたとたん、彼らはまるで金縛りにあったように動けなくなってしまった。

「あ、あんたいったい何しに来た。約束通り、花嫁はくれてやったはずだろ!」

 荒々しく声をあげる常貞。しかし腰を抜かした状態でいくら叫んでも、まるで迫力などなかった。

「ああ、そうだな。素敵な花嫁殿をもらって、今は大事な俺の妻だ。それで今日は、そんな妻の家族に会いに来たんだ」
「か、家族だと……?」
「そう。言っとくけど、あんたのことじゃないから。あんたも、紬のことを家族なんて思ってなかっただろ。でないと、あんな扱いなんてできるはずがない」
「なっ──!?」

 詩の目が鋭く光り、常貞は心の底から恐怖した。

 詩の言うあんな扱いが何を指すのか、心当たりが多すぎる。
 紬に対する酷い扱いなど当たり前のようにやっていた。
 その挙げ句、最後はアヤカシのところに送って、全てお終い。そのはずだった。

「そして今度は、紬だけでなくその親にまで手をあげようとした。あんたが人に与えてきた痛み、自分でも味わってみるか?」
「ま、待て! 待ってくれ!」

 アヤカシの花嫁は、生贄と同意。そこに愛情など欠片も存在せず、二度と戻っては来れない。そう、先祖代々言い伝えられてきた。

 なのに、どうして紬は戻ってきたのか。どうしてこのアヤカシはこんなにも怒っているのか。常貞には何もかもわからない。
 わかっているのは、自分に危機が迫っているということだけだ。

「つ、紬! 私がお前を引き取らなければ、お前はとっくに死んでいたかもしれないのだ。わかるだろ!」

 すがるような思いで、紬に向かって声をかける。
 このアヤカシが何を考えているかは知らないが、紬を味方につければ、助かるかもしれない。
 ずっと見下してきた彼女にすがるなど、屈辱以外の何者でもない。それでも、この状況をどうにかできるなら、プライドなどどうでもよかった。

「私は、私は、お前のために必死で────」

 だが、喋るのに夢中で気づいていなかった。
 自分が叫べば叫ぶほど、紬の顔が、怒りと苦痛で歪んでいくのが。
 そして、それもとうとう限界を迎える。

「────うるさい!」

 紬の叫びが、その場にある全ての音を打ち消した。
 さっきまで喚いていた常貞は言葉を失い、部屋の中がしんと静まりかえる。

「……あなたが私にしてきたことも、お母さんを騙したのも、全部自分のためじゃない!」

 紬の声は震えていた。声だけでなく、体すべてが震えていた。
 月城の家に来てからずっと、常貞に逆らうことなど許されなかった。どれだけ酷い扱いをされても、受け入れるしかなかった。
 こうして向き合うと、積み重なった恐怖と恨みで、心が張り裂けそうになる。

「紬──」

 詩が、心配するような眼差しを送る。
 もしもここで、今までの恨みを晴らしてほしいと頼んだら、彼は協力してくれるだろうか。そんな思いが頭をよぎる。
 だが…………

「私にも、お母さんにも、二度と関わらないで! これ以上何かするようなら、絶対に許さない!」

 涙を流しながら、そう言い放つ。
 詩に頼めば、積もりに積もった恨みを晴らしてもらえるかもしれない。しかし、そんなことは口にしなかった。

「いいの? それだけで?」

 確かめるように、詩が聞いてくる。
 いいと、すぐに答えることはできなかった。
 復讐してやりたいと、何度思っただろう。これを逃せば、その機会を永遠に失うかもしれない。

 だが、自分が有利な立場になったとたん、それを利用し、虐げる。それは、ずっと憎み続けてきたこの男と同じような気がした。

「私は、こいつみたいにはならないから」

 許すなんてきれいな感情ではない。心の底から憎い相手と同じところに落ちるのが、どうしても嫌だっただけだ。

 そんな紬の気持ちを、詩がどこまで理解したかはわからない。
 ただ、そうかと小さく頷き、常貞に向き直る。

「紬がこう言ってるんだ。俺も、あんたとは二度と会うこともないだろう。本当なら、この場で八つ裂きくらいにはしたいけどね」

 その言葉を、常貞がどれだけまともに聞いていたかはわからない。
 恐怖でとっくに頭が回らなくなり、「あ……あ……」と、まるでうわ言のように声を漏らすだけだった。

 それから詩はパンと柏手を打ち、そこで更なる異変が起こる。
 部屋の中から見える、月城家の庭。そこに、新たなアヤカシが現れた。
 詩の配下のアヤカシたちが、駕籠を担いで並んでいた。

「さあ、帰ろうか、紬」

 詩はそう言って、紬の手を取る。呼び寄せた駕籠に、彼女を乗せようとする。
 だがそれを見て黙っていられない者がいた。志織だ。

 このまま紬が駕籠に行ってしまったら、今度こそ会えなくなってしまうかもしれない。
 そう思うと、黙ってなどいられなかった。

「待って! あの……紬と、話をさせてもらえませんか?」

 すがるように、詩に頼む。
 彼女にしてみれば、見ず知らずの相手。初めて目にしたアヤカシだ。恐れはもちろんある。
 それでも、何もしないで紬と離れたくはなかった。

「もちろんです。けどここでは落ち着いてできないでしょうから、場所を移しませんか?」

 そんな詩の言葉と共に、志織の前に、一台の駕籠が止まる。
 アヤカシたちの担いでいた駕籠は、全部で三台。まるで、最初からこうなることを予期していたかのようだ。
 さらに、紬がたどたどしい口調で言う。

「大丈夫。みんな、信用できると思うから。だから、その……話があるなら、来て。む、無理にとは言わないけど……」

 それからは困ったように口を閉じてしまったが、これでもう、志織の心は決まった。

「どうか、お願いします」

 そうして志織は、深く頭を下げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています

空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。 『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。 「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」 「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」 そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。 ◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。  〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜

トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!? 婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。 気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。 美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。 けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。 食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉! 「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」 港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。 気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。 ――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談) *AIと一緒に書いています*

処理中です...