生贄花嫁はアヤカシ狐からの溺愛を受け入れられない

無月兄

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ごめん

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 詩、紬、それに志織を乗せたそれぞれの駕籠は、しばらく走り続けた後、ゆっくりと地面に降ろされる。
 外に出ると、そこは少し前まで詩と紬がいた山の中だった。

 志織にとっては、自分の家からほど近い場所。
 だがここから月城の家からここまでは遠く離れていて、本来なら駕籠などで移動するような距離ではない。
 にも関わらず、かかった時間はほんの僅か。驚かずにはいられなかった。

 しかし、今はそれよりも、もっと大事なことがある。

 同じように駕籠から降りて、隣に立っている紬を見る。

「紬……なのよね?」

 恐る恐る尋ねる。
 疑っているわけではない。ただ、彼女の口から答えがほしかった。
 月城家でも一度尋ねたが、結局その時は、常貞が喚きだしたため、返事を聞くことができなかった。

「……うん。そうだよ、お母さん」

 小さい声で、紬が答える。その瞬間、心が震えた。
 ずっと、会いたいと思っていた。成長した姿を一目でいいから見たかった。話したいことがたくさんあった。そのはずだった。
 なのにいざこうして向かい合うと、ちっとも言葉が出てこない。

 そして言葉が出ないのは、紬も同じだ。
 志織に危険が迫っているかもしれない。それを知って駆けつけはしたが、それからのことなど、正直何も考えていなかった。
 向かい合った今どうすればいいかなど、まるででわからなかった。

(ど、どうしよう)

 ここに来る途中の駕籠の中でも、なんと話そうかずっと考えていた。なのにちっとも思い浮かばなかった。

 二人とも無言のまま、沈黙が続く。
 それでも、いつまでもこのままでいるわけにはいかない。
 伝えなければならないのだ。ずっと抱えていた思いを。
 意を決して、ようやく口を開く。

「ご、ごめん!」
「ごめんなさい!」

 二人が声を発したのは、ほぼ同時。そして出てきたのは、双方が謝罪の言葉だった。
 それを聞いて、お互いが目を丸くする。
 そして次に話を切り出したのは、志織の方だった。

「ど、どうして紬が謝るの?」

 いったいなぜ謝られたのか、心の底からわからなかった。

「だ、だって私……お母さんに、たくさん迷惑かけたから。小さい頃から、変なやつって言われて、なんどもケガして、いつも心配させてた。さっきのだって、私がいなきゃ、月城家に関わることなんてなかった。本当に、ごめんなさい」

 泣きそうな声で、紬は話す。
 こんな自分は、嫌われて当然だと思っていた。ずっと謝りたいと思っていた。
 だが月城家に引き取られてからは会うことは叶わず、きっと会うのも嫌なのだろうと思い続けていた。

 いくら謝っても、足りないかもしれない。それでも、こうして再び会えた今、それだけはなんとしても伝えたかった。
 目に涙をためながら、何度も何度も謝り続ける。
 だが……

「…………バカ」

 その一言と共に、志織の方が先に涙をこぼした。
 そしてその涙を拭うと、紬の体を思い切り抱きしめる。

「謝るのは、私の方。守ってあげられなくてごめ。辛い思いをさせてごめん。親らしいこと、何もしてあげられなくて、ごめん」

 志織もまた、謝りたいとずっと思っていた。
 二度と会わない覚悟で月城の家に送り出してからもその思いは変わらず、むしろ会えない間により大きくなっていた。

「そんな! 元々私が変な力さえ持っていなきゃ、悩む必要なんてなかったのよ!」
「あなたが不思議な力を持って生まれてくるかもしれないというのは、はじめからわかってた。それでも、お父さんと一緒に守っていくつもりだった。お父さんが亡くなってからも、私一人でなんとかしていくんだって思ってた。なのに、できなかった」

 まだ幼い頃に死んだ父親のことを、紬は何も覚えていない。
 あまりに急な事故だった。紬の霊力や、アヤカシや月城家のことも、志織が中途半端な知識しか持たないうちに、この世を去ってしまっていた。
 せめてもっと詳しく話を聞いていれは、紬の人生も大きく変わっていたかもしれない。そんな思いが、志織にさらなる後悔の念を抱かせていた。

「謝らないでよ。悪いのは、全部私なのに」

 紬も志織も、ずっと謝ってばかりだ。
 何度も涙を流しながら、互いにごめんと言い続ける。
 しかしそんな謝罪の言葉も、とうとう底を尽きてきた。謝る以外の言葉など思い浮かばなかったものだから、いよいよどうすればいいのかわからなくなる。
 また、長い沈黙が流れるかもしれない。そう思った時だった。
 そんな二人の間に、詩が割って入ってきた。

「二人とも。まだうまく話せないなら、もう少し落ち着ける場所に行ってみる?」
「落ち着ける場所って、そんなのどこにあるのよ」

 場所を変えたところで急に話ができるようになるとは思えないが、それ以前に、そんな場所などあるのだろうか。

「二人の家だよ。ここからなら、歩いて行ける距離だからね。俺たちは一度アヤカシの世界に戻るから、二人は一緒に家に帰って、一晩過ごしてみたら?」
「なっ!?」

 詩はなんでもないことのようにサラリと言うが、紬にしてみればそんな簡単な話ではない。
 心の準備が、全くできていないのだ。

「そ、そんなこと言われても……」
「そう? 久しぶりに、親子水入らずで過ごすのもいいんじゃないの?」
「で、でも、一晩過ごすって、泊まるってことでしょ。着替えなんてないわよ」
「ああ。それなら、こんなこともあろうかと、念の為駕籠の中に用意してあるよ。この前芝右衛門さんのところで買った洋服だから、人間の世界で着ても大丈夫」
「なんで用意してるのよ!」

 もしかすると、詩は元々こうするつもりだったのがしれない。
 だが、それでもまだ紬は躊躇った。

「でも、いきなり泊まるなんて言ったら、迷惑なんじゃ……」

 さっきまで迷惑をかけていたことを散々謝っていたというのに、ここでさらに迷惑をかけてしまうことにならないだろうか。
 そんな不安を抱きながら、志織を見る。

「迷惑なんかじゃないわ!」

 即答だった。一切迷うことなく志織は答え、紬の手を取る。

「お母さんはこう言ってるけど、紬は嫌なの?」
「い……嫌じゃないわよ!」

 詩の言葉に、紬も間髪入れずに即答する。
 それから、少しだけ恥ずかしそうに、志織を見る。

「本当に、いいの?」
「もちろんよ。当たり前じゃない」

 涙の跡が残った顔で、志織はわずかに微笑む。
 不思議なものだ。
 何を喋ればいいかわからず困っていて、家に行ってはどうかと言われても、どうすればいいかわからず慌てていた。今だって、大して変わらない。
 なのに、志織に迷惑でないと言われたことが、紬にはとても嬉しかった。
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