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ご主人様は苦労性
パンの気分
しおりを挟む細身を通り越して痩せすぎなその体に、ダイエットは必要ない。
話の内容から察するに、彼は普段、昼はおにぎりのみで、寝坊して持ってこれなかったということは、朝から自分で握っているのだろう。そして今は、空腹なのに昼飯を抜こうとしている。寝坊して慌てて家を出てきたのなら、もしかして朝食も食べていないのかもしれない。
そう言えば修学旅行中も、他の奴らみたいに彼が食べ歩きすることはなかった。班行動で甘味処に入ったときも、「お腹が空いてないから」と言って、一番安いオレンジジュースやコーヒーだけ注文していたことを思い出した。
まさか、昼食にパン一つ買えない人間がいるとは思えないけど……。でも、彼が金銭面で苦労してそうなことは、なんとなく察せられる。
「俺、今日、昼はパンの気分だったのに、朝から弁当が作ってあったから、誰かかわりに食べてくれる人探してたんだよね」
渡辺のつり上がっていた目元がゆるみ、困惑の色が浮かんだ。
「渡辺が昼飯忘れたんなら、ちょうどよかった。俺の弁当、食べてくんない? 化学室だよね。購買でパン買ってくるから、先に行って場所取ってて」
「え? い、いや、ちょっと!」
追いかけてくる声は無視し、教室へと引き返した。
「熊さんの話、早かったね」
談笑しながら弁当を食べていた朝倉が目ざとく俺を見つけて、声をかけてくる。
「あぁ。熊さんのほうは大した用じゃなかったけど、英語の予習したいから、俺は化学室で食べることにする」
「渡辺と一緒に食べる」と言えば理由を聞かれそうな気がして、そう言い訳すると、グループの全員が意外そうな顔をした。
都内でもトップクラスの進学校なので、ほとんどの奴らが中学やもっと前から塾に行ったり家庭教師をつけている。誰もが日常的に勉学に励んでいるはずだが、その努力を人に知られるのはカッコ悪いという風潮がある。
「昨日ゲームしすぎて全然勉強してない」と自慢する人間は大勢いても、「昼休みも勉強したいから駄弁りに付き合えない」と言えるのは、ガリ勉認定されることを厭わない、虚栄を捨てた人間だけだ。
俺がそっち側だったことが、意外だったのだろう。
昨日までは、俺も、焦りや努力を表に出さないほうが、スマートな気がしていた。でも、今は、そんなことどうでもいい。
「昴陽が昼休みまで勉強って珍しいね。昨日は彼女と遅くまで遊んでたんじゃない?」
からかいの言葉を返され、俺も、「まぁ、そんなとこ」と、照れ気味の作り笑いを浮かべてみせ、通学バッグを手に再び教室を出た。
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