仮面王子は下僕志願

灰鷹

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ご主人様は苦労性

誰目線

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 すました猫の目が、笑うとやわらかく細まり、急に愛らしさが増す。
 教室でももっと笑えばいいのにと思う。でも直後、その顔を誰にも見せたくないとも思ってしまった。
 急に胸がむず痒くなり、返答に窮して視線を逸らした先で、渡辺のバッグにつけられているキーホルダーが目に入った。アクリル製のアニメっぽいキャラは、衣装や髪型からして牛若丸のようだ。
 修学旅行の自由行動の日、彼が「鞍馬寺に行ってきた」と話していたことを思い出した。鞍馬寺と言えば、牛若丸――源義経ゆかりの地だ。

「それ、もしかして、鞍馬寺で買ったのか?」

 尋ねたのは気恥ずかしさを紛らわすためだったが、実際に興味もあった。修学旅行中、自由行動の間、どこに行ったか尋ねたときと違って、今は彼のことを知りたいと思っている。
 一拍の間を置き、どこか気まずそうな声が返ってくる。

「母親にお土産で買ったけど、ちょっと子供っぽかったみたいで……、結局俺がつけてる」

 もしかして、あげようとして突っ返されたのだろうか。だとしたら、ひどい母親だ。でも、あの日、渡辺を一人にしてしまった俺も、「ひどい友達」に違いない。

「義経、好きなのか?」

 渡辺は食事の手を止め、真剣に答えを考えているようだった。

「義経というより牛若丸が……好き、かな。父親を殺されて母親とも引き離されて寺に預けられたのに、そこから努力して人生巻き返すって、すごくない?」

 急に彼の声に熱がこもり、「へぇ」と胸の内で呟く。好きなことは熱語りするタイプらしい。

「確かに。でも、俺はどっちかというと弁慶派かな」

 中学の頃、無理やり母親に連れて行かれた歌舞伎で、義経や弁慶が出てくる『勧進帳』という演目を見た。難しい言葉や独特の節回しはよくわからない部分もあったが、涙をこらえて必死に主君を守ろうとする弁慶の姿には、中学生ながらに感動した。

「あー、弁慶きらいな奴、いないよね」

「なにそれ。誰目線だよ」

 まるでクラスの人気者やアイドルのことを話すような口ぶりに、思わずツッコミを入れる。

「え……、通りすがりの弁慶好き目線?」

 困惑しながらも至って真剣に答える渡辺に、ますますおかしくなった。熱語りする上に、ちょっと天然かもしれない。

「通りすがりの弁慶好きってなに?」

 吹き出すのをこらえて、今度は俺のほうがくつくつと肩を震わせることになる。

「なんだよ。川嶋が聞いてきたんじゃん!」

 軽く口を尖らせ、渡辺はぷいとそっぽを向いた。

 これまでも体育でペアになるときや修学旅行の班決めなんかで渡辺に声をかけていたけど、自分の中では義務的な感覚があった。担任にも頼まれていたし、クラスの中で孤立している人間がいると、自分まで居心地が悪くなる。その外面そとづらのよさが自己満足であることはわかっていて、それでも、そうすることが正しいと思っていた。

 子供の頃から「御幸ヶ丘病院のお坊ちゃん」「院長先生のお孫さん」などと周りの大人たちから言われてきて、「分別のある優等生」が自分の役目のように感じていた。
 でも、渡辺には、その優等生の皮が剥がれた生身の自分をさらけ出してしまった。あの瞬間はこれ以上ない屈辱を感じたが、こうして話してみると、外面を繕わなくていい分、むしろ楽に話せている気がする。その気楽さはもしかしたら家族以上かもしれない。
 楽なだけでなく、普通に楽しかった。渡辺の反応の一つ一つに、心が浮き立つのがわかる。
 嫌がられるのはわかっていて、もっとからかいたくなる衝動に駆られる。



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