仮面王子は下僕志願

灰鷹

文字の大きさ
18 / 64
ご主人様は苦労性

仰せのままに。

しおりを挟む



「それで、下僕って、具体的に何をすればいいの?」

 自分の変化に戸惑いながらも、唇の端に笑みを残し、ずっと気になっていたことへと話題を変えた。
 渡辺が怪訝そうな顔で視線を戻す。

「この弁当が口止め料なんだろ? それで下僕の話はチャラにしてほしいってことじゃないの?」

「これは俺がパンを食べたくて代わりに食べてもらってるだけだから、ウィンウィンだろ? 下僕になれって言ってたくらいだから、他になんかやらせたいことがあるんじゃないの?」

 なんだかまるで、「下僕にしてください」と言っているみたいだ。気恥ずかしさを誤魔化すために、大きくパンに齧りついた。
 
「それなら……」

 一瞬迷うように視線を揺らし、渡辺は箸を置いて再びかしこまった。

「さっきの数学、ちょっとわからないところがあって……。もし、このあと川嶋が時間があるなら、昼休みの間、教えてもらえませんか……?」

 敬語な上に、恐る恐る、といった感じのかなり控えめな頼み方だった。

「やりなおし」

 「え?」と顔を上げた渡辺に、俺はニヤリと片頬を吊り上げてみせた。

「それだとご主人様っぽくないから、やり直し。ご主人様なら、頼むんじゃなく命令しないとな」

「な、なんだよ、それ」

 渡辺は再び頬を赤らめたが、俺の言いたいことは察したらしい。

「お前、なんなん? マゾなの?」

 ドン引いた視線でそんなことを言われても、わくわくして仕方ないのだから、確かにそういう一面はあるのかもしれない。でも、どちらかというとサドのほうかも、とも思う。渡辺をもっと困らせたいし、なんなら泣かせたいような欲求も、胸の奥にくすぶっている。

 渡辺はしばらくの間、「うー」と呻いていたが、口元をにやつかせたままの俺を見て、「やり直し」しないことには数学を教えてもらえないと悟ったらしい。渋々といった感じで口を開いた。

「もし、このあと川嶋が時間があるなら……、俺に数学を教えろ。シュ、シュジンメイレイダ」

 茹でダコみたいに顔を真っ赤にし、最後は片言の日本語みたいな棒読みだった。

「御意」

 答えると同時に、自然と相好が崩れていた。笑うつもりも、笑いたいとも思わなかったのに。俺の意志に関係なく、表情筋が一気にゆるんだ感じだった。
 俺がそんな顔をするのが意外だったのか、渡辺はぽかんと口を半開きにし、呆けたような顔をしている。

 仰せのままに。ご主人様――。
 
 周りに人がいなければ、次はそんな口上で彼の手を取り、手の甲にキスをするのもいい。そんな自分と今以上に慌てふためく渡辺を想像し、俺はいつまでも笑みを消せないでいた。


 その日はいつもより授業が一コマ少なかったので、渡辺がバイトに行くまでの1時間ほど、図書室で一緒に試験勉強した。主に、俺が予想問題を出して渡辺の理解が不十分なところを教える形だったが、どう説明すれば理解してもらえるかを考えるのは、自分で解くより頭を使い、俺にとっても有意義だった。

 俺と渡辺が地元が近く同じ駅を利用していることは、通学途中で見かけたことがあるため知っていた。駅まで一緒に帰る流れになり、道すがら、現金の持ち合わせがないのは困るだろうから、いくらか金を貸すことを申し出たが、電子マネーはあるから大丈夫だと断られた。母親が帰ってくれば現金ももらえるが、最近、恋人ができて、帰ってこない日のほうが多いのだという。

「普段もすれ違い生活だから顔を見ないのは気楽でいいんだけど、金もらえないのは困るよな」

 そう言った声は彼が普段は使わない明るい調子で、俺は何も言葉を返すことができなかった。
 担任から「渡辺のことを気にかけてやってくれ」と言われていたのに、何も知ろうとしなかったことへの後悔が、胸の中に渦巻いていた。



しおりを挟む
感想 36

あなたにおすすめの小説

ヒーロー組織のサポートメンバーになりました!

はちのす
BL
朝起きたら、街はゾンビだらけ!生き残りたい俺は、敵に立ち向かうヒーロー組織<ビジランテ>に出逢った。 ******** 癖の強いヒーロー達の"心と胃の拠り所"になるストーリー! ※ちょっとイチャつきます。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?

米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。 ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。 隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。 「愛してるよ、私のユリタン」 そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。 “最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。 成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。 怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか? ……え、違う?

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/現在毎日更新予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

処理中です...