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約束
保護責任者兼同居人
しおりを挟む昼間ほどではないが、外に出た途端、ねっとりと肌にまとわりつく熱気が首筋やこめかみにじわりと汗を滲ませる。
自転車で帰る堀とはコンビニの駐輪場で別れ、俺は自転車を押しながら、川嶋と並んでいつもの帰り道とは逆方向へと歩き出した。
「うちに泊まること、家の人に連絡した?」
道すがら、川嶋が控えめに尋ねてくる。
うちのドライな親子関係にはとっくに気づかれているだろうが、「必要ない」と言えば気を使わせる気がした。
「あとでメールする」
一拍の間を置き、そう答える。
連絡せずに友達の家に泊ったところで、母親がそれに気づくことはない。
スナックの雇われ店長をしている母親は、朝の4時まで店を開けていて、始発が動き出してから帰ってくる。夜は俺がバイトを終えて帰宅する頃には母は家を出ている。
それでも、中学までは仕事が終われば必ず家に帰って来て俺を学校に送り出していたが、俺が高校に入ってからは、恋人ができると帰らないことも珍しくなくなった。洗濯物が増えていたら、今日は帰ったのかと思うくらい。
中学の頃は成績表を見せれば喜んでくれていたし、高校に入って成績が学年の下位だと知れば「塾に行きたい?」と尋ねることもあったから、全く俺に興味がないわけではないと思う。親一人子一人で子供の頃はスキンシップも多く、愛されてる自覚もあった。
でも、好きな人ができると、母の関心はその人が一番になる。子供の頃はそう感じるたびにいちいち傷つき、あの手この手で関心を引こうとしたが、いつからか無駄な努力はしないようになった。今は「保護責任者兼同居人」という感じで、お互いに干渉し合わない親子関係が続いている。
こんな話をすれば、堀なんかは、「よくまぁ、そんな環境で日向台に入れたねぇ」と感心する。彼女が中学の頃からつきあっている先輩が、俺と少し家庭環境が似ているのだそうだ。
向こうは父親が酔うと嫁に手を上げる人で、母親はそんな夫に愛想を尽かし、子供を置いて出て行った。父親から解放されるために、先輩は中学卒業後、高校には進学せずに住み込みで働ける鳶職に弟子入りしたのだそうだ。
堀はそんな彼氏のことを引き合いに出して、「同じように親に苦労させられているのに全然違う」と言って俺を持ち上げようとするが、俺からすれば、根っこのところは同じだった。
俺も先輩も、親に期待することはとっくの昔に諦めていて、かわりに自分の価値を認めてくれる存在として、先輩は鳶職という仕事を選び、俺は勉強にそれを求めただけだ。
小学生の頃、当時母親がつきあっていた人が学のある人で、うちに来たときはよく宿題を見てくれていた。仕事では何かの実験をしているらしく、「失敗するのも仕事のうち」と言っていた。
努力をして、よい結果に繋がらなかったとしても、「頑張ったけど駄目だった」という結果が残る。それは何もやっていないのとは天と地ほどの差があるのだと。
その人のおかげで勉強が楽しくなり、時間と熱量を注いだ分だけ点数という形で見返りを得られることに達成感を覚え、母親に向けていた期待はそちらにシフトしていった。
人間は、差し出した情をそのまま返してくれないけど、勉強は、頑張った分だけ自分の中に何かが残る。
これまでずっとそうだった。
それでよかったはずだった。
「明日は朝からバイト?」
気を取り直すような声のトーンに変わったから、結局は気を使わせてしまったのかもしれない。明日は土曜日で、俺は朝からコンビニバイトのシフトに入っている。
「9時から」
「マジかー。バイトがなかったら夜通しゲームできたのにな」
「試験の反省会するんじゃなかったのかよ」
俺も普段より軽いノリで返した。
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