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約束
愛情
しおりを挟む川嶋の母親はうちの母やパートのおばちゃんたちに比べても、あまり「お母さん」という感じがしない。世間ずれしたアイドルがそのまま大人になったら、こんな感じになるのかもと思った。
単に川嶋のことが大好きなだけで傍目には無害そうに思えるが、川嶋は先ほど、父親が泊まりのときは、母親が父親の浮気を匂わせるようなことをよく言ってくると言っていた。
父親の出張中に、こんなふうに着飾った母親からベタベタされて、父親の浮気話を聞かされるのは、正直キツい。父を知らない俺でさえそう思うのだから、二人の息子である川嶋はなおのことだろう。
苦しみも辛さもその人にしかわからないもので、誰かと比べられるものではない。
俺も子供の頃は、テレビのニュースで虐待による事件や貧困国の人々の暮らしなどを知るたびに、俺はまだマシなほうだと思っていた。でも、だからといって、誰かと比べたところで、自分の寂しさや惨めさが和らぐわけではなかった。
きっと川嶋には川嶋なりの、ままならなさがあるのだろう。
夜のため全容は見えなかったが、白い石造りの塀に囲まれたその家は、周囲の住宅と比べてもかなり大きく見えた。アンティーク調の白い門扉の向こうは西洋風の庭で、その奥にある、アーチ型の玄関ポーチを備えた建物も西洋風だった。川嶋の母が先に家に入り、俺と川嶋は自転車を置くためにガレージに回る。
二人きりになって、どことなく川嶋の緊張がほぐれた気がする。
「なんか……愛情って難しいね」
ホッと息を吐くと同時に、そんな言葉が口をついて出ていた。
「多すぎたら溺れるし、少なすぎたら飢える」
すぐにそんな返事が返ってきたのは、彼も似たようなことを考えていたからだろう。
俺たちはきっと、母親からの愛情という点では両極端なところにいる。両極端なのに、互いのことを理解できるのは互いしかいないと思えるような、不思議な連帯感があった。
母親の愛情に溺れてもがいている川嶋を想像すると、俺まで苦しくなる。だから、必死に手を伸ばしたい気持ちを、言葉に託した。
「でもさ、岸で見守ってくれている人がいると思ったら、それだけで安心できるから」
今の俺にとっては、それが川嶋だった。朝になれば学校に行って川嶋に会える。そう思えば一人の夜も乗り越えられる。俺も、彼にとってそんな存在になりたい。
「だから、無理そうなときは、ちゃんとSOS出して。俺も、そうする。一緒にいることくらいしかできないけど」
川嶋が、切れ長の目元をやわらげる。
自転車越しに伸びてきた手に、頭をぽんぽんと撫でられた。
「よくできました」とでも言いたげなその仕草に、なんとなくその台詞を言わされたような気分になった。
勉強を教えてくれるときも、いつもそうだったから。
川嶋はヒントだけ与えて、絶対に自分からは答えを口にしない。ヒントを元に、俺がちゃんと自力で正解にたどり着くのを待ってくれる。
好きだと思った。
やっぱり、川嶋のことが好きだ。
恋人になることは一生無理でも、できることならクラスが変わっても、卒業しても、この男と肩を並べられる場所にいたい。彼の隣にいて、恥ずかしくない自分でいたい。そのためには、もっと賢くなって、人としても成長しなければいけない。
そんなふうに思ったのは、初めてかもしれない。
これまで、俺にとって勉強は、自己承認欲求を満たし、貧乏から這い上がるための手段にすぎなかった。でも、それではいけない気がする。
受験のためではなく、人間として成長するために、そして大切な人を助けられるために、必要となる知識を学びたいと思った。
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