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抱きしめたい
まずは外堀から
しおりを挟む俺に続いて部屋に入って来た渡辺が、凍りついたようにその場で動きを止めた。
「いや、いいよ。自分で乾かす」
いつもは目元を隠している前髪が、今は濡れてぺたんこになり、真ん中で分けられている。わずかに目尻の上がった猫っぽい目や太くはないが凛々しい眉が露わになっていて、その目が動揺に揺れるのが見て取れた。餌を差し出された野良猫が、距離を縮めるかどうか逡巡しているみたいだ。
「これも下僕の仕事ですから」
慇懃に笑い、すぐに笑いを消して、若干気落ちした顔で付け加える。
「俺にこういうことされるの、気持ち悪いならやめとく」
そう言えば、渡辺が素直に従うことは予想できた。
「気持ち悪い……とかじゃねーけど……」
案の定、渡辺は顔に緊張を滲ませ、渋々といった感じで俺の足元に腰を下ろした。
入浴後の薄いピンクに染まっていた肌は、心なしか、赤みを増しているように思える。
そういうところを見ると、俺のこと、そういう意味で意識してるんじゃないかと期待しそうになるが……。渡辺は異性愛者だ。
渡辺には中学の頃から好きな人がいるという話を、修学旅行中に聞いた。今日、それに新たな情報が追加され、その人に「彼氏がいるかどうかはわからない」と言っていた。普通は、「彼氏がいる」のは女性だ。すごいモテる子で「高嶺の花」とも言っていたから、どう考えても好きな相手は女だろう。
渡辺が異性愛者だからといって、何もせずに諦めるつもりはない。でも、今はまだ、無理に距離を詰める気もなかった。
「恋愛する余裕ないから、とりあえず大学入るまでは、そういうのはいい」と本人が言っていたように、今の彼の生活で、恋愛に割く時間がないことも理解できる。
あまりぐいぐい行って、最初の頃のように警戒されて距離を置かれるほうが怖い。
まずは二人とも第一志望に現役合格し、大学に入ると同時にルームシェアを持ちかけようと思っている。そうして今以上に四六時中世話を焼いて、少しずつ俺のことを意識させていきたい。――ただ、問題は、俺に心を開き始めている彼を前にして、それまで色々我慢できるかということだった。
俺の貸したTシャツは渡辺にはぶかぶかで、広く開いた襟から、ほとんど産毛のない滑らかなうなじやその下の骨ばった背骨を覗き見ることができる。
風呂場で落ち着かせたものがまた反応しそうになって、慌てて髪へと視線を上げ、ドライヤーのスイッチを入れた。
母親が使わなくなって譲り受けたそれは、比較的音が静かだが風量は強い。
「熱くない?」
「大丈夫。ってか、風、つよ。高級ドライヤーって感じ」
濡れて束になった髪を軽く持ち上げながら、なるべく頭皮に直接風が当たらないように乾かしていく。
人の髪を乾かしたいと思ったのは初めてだった。
できれば髪や体も洗ってあげたいし、自分好みの服に着替えさせ、食事も「あーん」と口を開けさせて、手ずから食べさせたい。
そう考えたら、俺、やっぱり下僕向いてんじゃね? と思うが、煩悩を抑えてそれらの仕事をやりきるには、鋼の理性が必要だ。
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