仮面王子は下僕志願

灰鷹

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抱きしめたい

糸し糸しと言う心

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「コウくん、渡辺君もコウ君の部屋に寝かせるなら、今のうちにお布団持って上がってくれない? 和室の押し入れに来客用のお布団があるから」

 意気消沈し浴室から離れ、階段へ向かおうとすると、リビングから顔を出した母がそう声をかけてきた。
 渡辺と話が弾んだことで気分が落ち着いたのか、今は、父が家にいるときの、節度のある母に戻っているようだ。
 一瞬迷ったが、「ほーい」と気の抜けた返事をした。

 俺のベッドはダブルベッドだから、男二人で寝られないこともない。
 ただの友達同士ならそれも可能だろうが、渡辺は俺が同性を好きなことを知っている。さすがに同じベッドで寝るのは嫌がられるだろうと考えて、母の言葉に従うことにした。
 何より俺が、同じベッドに寝て何もしない自信がない。

 渡辺のことが気になって仕方がない。
 気付けば目で追っているし、近くにいたら触りたくなる。近くにいなければ、今ごろ腹を空かせているんじゃないかとか、家に一人でいるのかとか、ずっと気になって勉強にも集中できなくなる。
 あいつが喜ぶことならなんでもしてあげたい。けれど同時に、困らせたくなったり、泣かせたくなったり、ときにもどかしく、苦しく、腹立たしくなることもある。

 最初のきっかけは、修学旅行のあの夜の、俺を睨みつけてきたあの目だった。あの瞬間から気持ちを囚われて、今まで知らなかった色んな感情を植え付けられ、それが広がり、深まり、今では息苦しいほどにパンパンに膨れ上がっている。 
 これまで「恋」だと思っていたものとは違い過ぎて、複雑で重すぎるその感情を「恋愛感情」と呼んでいいのか、自分でもよくわからない。

 もともと好きだった朝倉のことは今でも可愛いと思うし、自分にはない彼の素直さに憧れる気持ちも変わらない。
 ただ、修学旅行中に彼の唇を奪いたくなった衝動は、今になって思い返せば、「朝倉だから」ではなかったように思う。

 中学の頃、告白されて何人か女子とつきあったことがある。女子に対して、触れたいとかキスしたいといった欲求は起きず、自分の恋愛対象は男なんだろうと漠然と思うようになった。
 かといって、自分がマイノリティーであることを受け入れ、同性とつきあいたいと思うほどでもなかった。本気で好きになるのは男でも、それを隠して女子ともつきあえる。結局のところ、自分の性指向を受け入れたいのか隠し続けたいのか、自分でもわからなかった。
 修学旅行中、恋バナで同じ年頃の男子たちの恋愛に向ける熱量の大きさを知り、好きな相手とキスをすれば、自分がどっちにいきたいのか、わかるかもしれないと思った。

 今は、渡辺に対して、理性で持て余すほどの感情が自分の中にあることを自覚している。
 触りたいのも、キスをしたいのも、その先に進みたいのも、渡辺だけだ。それを隠して女子とつきあいたいとは思わない。かといって、正直に思いを伝えて距離を置かれるくらいなら、今はまだ、友達のままでいいとも思っている。

 今は、寝ている隙にこっそりキスをするのも、我慢するつもりでいた。
 絶対に止まらなくなりそうだし、一度味を占めたら、これから毎回、隙あらば唇を奪ってしまいそうだから。


 渡辺が風呂から上がり、二人で二階にある俺の部屋に上がってきたのは、11時半近かった。

「髪、乾かしてやるから、ここに座って」

 俺はドライヤーを手にベッドに腰を下ろし、足元に置いたクッションを顎で示した。


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