仮面王子は下僕志願

灰鷹

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抱きしめたい

GJ!

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「……そうなのよ。保育園のときなんて、おままごとで誰がコウ君のお嫁さん役をやるかで、女の子たちが取っ組み合いの喧嘩しちゃったらしくて。コウ君、『僕もうお父さんやりたくない』って、家に帰りながら泣きべそかいていたのよ」

「へぇ。川嶋にもそんな可愛い時代があったんですね」

「それからしばらくは女の子を怖がっていたわねー」

 風呂を出てリビングに向かうと、楽しげな声が聞こえてきた。

 教室ではほとんど人と話しているところを見かけない渡辺だが、バイト中はパートのおばさんたちとも普通に話をすると言っていただけあって、母との会話も弾んでいるようだ。
 でも、俺としては、あまり掘り返されたくない黒歴史なだけに、「いつの話してんだよ!」と文句を言いたくもなる。てっきり、母親が質問攻めにし、渡辺がしどろもどろに学校での俺の様子を話している感じだと思っていたのに。

 そんなことを考えながらリビングのドアを開け、中へと進んだ俺は、食卓を見るなり固まった。

 母親と渡辺が食事を終え、食後のコーヒーを飲んでいる。……のはいいとして。

 ――え? なんでアルバム見てるん? っていうか、渡辺、かわっ……!?

 「可愛い」と思わず漏らしそうになった声を、すんでのところでぐっと飲み込んだ。
 渡辺の顔がいつになくスッキリしていて、アーモンド形の猫目が露わになっている。前髪がない。

「コウ君、髪、濡れたままじゃない」

 母親の声を無視し、軽く目を見開き近づいていく。俺の目には渡辺しか入っていない。

「なに、コレ……」

 近くで見ると、渡辺の前髪は後ろに流し、ふんわりとした編み込み風にピンでまとめてあった。「おしゃれちょんまげ」といった感じのスタイルだ。
 『ガチかわ』『ヤバかわ』『ぐうかわ』……女子が話しているのを聞いたか、ネットで目にしたことのある言葉の意味が、いま初めてわかった気がする。これは確かに、ガチでヤバい。ぐうの音も出ないほど可愛い。

 「可愛いでしょ」と自慢げに答えたのは母だ。

「前髪が邪魔そうだから結んであげたのよ。渡辺君、前髪上げたらイケメンだったから、びっくりしちゃったわ。コウ君と違って、好きに髪の毛触らせてくれるのよ。いい子ねー」

 なに勝手に触ってんだよ、と怒りたい気持ちよりも、「可愛い」に軍配が上がる。初めて母親に、「GJ!グッジョブ」と親指を立てたくなった。

「渡辺君もバイトで疲れてるでしょう? 試験の反省会をする前に、先にお風呂に入ったら?」

 言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くしながら、心の中では「可愛い!」に打ち震えている俺を尻目に、母親が渡辺に風呂を勧める。

「あ、でも、俺、お風呂は最後でいいですよ」

「私はいつも2時間くらいお風呂に浸かってるから。気にしないで先に入っちゃって」

「そうそう。勉強する時間なくなるから、早く行こうぜ」

 俺は自分を取り戻し、渡辺の腕を引いて椅子から立ち上がらせた。当然、目的は勉強ではない。
 コンビニパンツを入れたポリ袋を渡辺に握らせ、背中を押して廊下へと出る。キッチンからはパントリーを抜けてショートカットできるのだが、吹き抜けの階段を回り込んだ廊下の反対側に浴室がある。
 
「そこの突き当りが風呂場だから、先に行ってて。俺、着替え取ってくるから」

 しかし、その判断が甘かったことを、俺はすぐに後悔することになった。

 二階にある自室に行き、Tシャツとハーフパンツを手に浴室へと向かうと……、写真に収めようと思っていた渡辺のぐうかわおしゃれちょんまげは、ただのぼさぼさ髪になっていたのである。


 ――――――っ――――――!!


 一瞬、声にならない悲鳴が漏れた。

「お、お、おまっ……、その髪! なんでピン取ったんだよ!」

「え? なんでって、風呂に入るんだから普通取るだろ」

 渡辺は不思議そうな顔をしている。

 こんなことなら、着替えを取りに行く前に写真を撮っておけばよかった。

「え? ちょっ、いきなりなに!?」

 俺は迂闊な自分への悔しさを、渡辺の髪をぐしゃぐしゃにすることで紛らわせたのだった。



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