仮面王子は下僕志願

灰鷹

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抱きしめたい

衝動

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 俺も朝倉たちも、全員が予備校に通っているか、家庭教師がついている。カラオケや高級焼き肉店に行けるくらいの小遣いをもらっていて、バイト経験のあるやつなんていない。
 普通だと思っていたその日常は、とてつもなく恵まれていたのだと、渡辺と親しくなって初めて知った。

 片や、毎日学校に通いながら、平日も休日も法定ぎりぎりの時間まで働いている人間がいる。片や、何不自由なく暮らし、塾や家庭教師の助けまで借りられる人間がいる。生活環境に理不尽なほどの差があるのに、受験というカテゴリーの中では、ハンデもアドバンテージもなしに同じ土俵で戦わなければならない。

 受験に限らず、どんな競争でも、目に見えない不公平を正すことは難しい。それでも、世の不条理を感じずにはいられない。
 俺たちがカラオケを歌い、焼き肉を食べている間も、腹を空かせて働いている彼のことを思うと、やるせなさに胸が支配された。
 朝倉には何度か「考え事?」とか「美味しくない?」と尋ねられたから、気分が顔に出ていたらしい。気乗りしなくても、楽しいふりをすることは得意だったはずなのに。

 与えられた役を演じるほうが、自分の感情に向き合わずに済むから楽だった。
 けれど、渡辺が絡むと、それがうまくできない。彼に対しては、上っ面の愛想を取り繕えないかわりに、考えなくても自分のしたいようにやっている自覚がある。「素」でいられるというのはこういうことかと、生まれて初めて思った。
 たまに俺が下僕のふりをするのを、あいつは嫌味か何かだと思っているようだが、長い前髪の奥の目が怒ったり困ったりするのを、俺は心底楽しんでいる。


 焼肉店を出てスマホを確認したら、母親からの着信履歴がずらりと並んでいた。バイブが煩わしくて店に入る前に電源を切っていたが、その間だけでも10件以上。
 今日は父親が学会で地方に行っていて、そんな日は決まって母親の俺へのスキンシップが過剰になる。朝起きたら母親が俺のベッドに寝ていて、ぞっとした日もあった。

「だって一人で寂しかったから」
「ママにはコウくんだけだから」

 あからさまに拒絶するとそんなことを言われ、ときに泣かれる。それが普通の母親の反応でないことはわかる。
 父に相談しようかと思いながらも、電話やメールで相談できることではなく、忙しい父に時間を作ってもらって外で会うことも憚られて、問題を先送りしていた。

 そんな粘着質な母親の待つ家に帰るのが憂鬱で、最寄り駅で電車を降りると、自然と家とは別の方向へと足が向かっていた。無性に渡辺の顔を見たくなったのだ。
 最初は、バイトが終わるのを待って、別荘のことを言い訳するつもりだった。でも、顔を見た瞬間、今度はどうしても家に連れて帰りたくなって、母親の許可も得ずに泊まりに来るよう誘っていた。
 渡辺が着替えている間に家に電話し、友達を家に泊める相談をした。母はすぐにはいいと言わなかったが、「駄目ならそいつんちに泊めてもらう」と言ったら、あっさり許可してくれた。

 家に帰ると、予想通り、外で食べて帰ると連絡していたにもかかわらず、食卓には手の込んだ料理が用意されていた。予備校で帰りが遅くなるときもそうだ。母親は料理に箸をつけずに俺の帰りを待っている。
 普段なら重く感じるそれも、渡辺の腹が満たされると思えば、久々に「食べずに待っていてくれてありがとう」と思えた。


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