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SOS
約束
しおりを挟む「おい、渡辺。ちょっと待て」
歩き出したところを背後からバッグを引っ張られ、同時に、ぽとっと乾いた音がした。
振り返ると、床に俺のバッグにつけていたキーホルダーが落ちていた。川嶋が腰をかがめてそれを拾い上げる。
修学旅行で母親への土産に買ってきた、牛若丸のキーホルダーだった。
返してもらうほどのものでもない。でも、俺が受け取らなければ、きっと川嶋は自分からは捨てられない。
「チェーンが外れただけみたいだ」
拾い上げた川嶋がホッとした顔をする。
「いい。どうせ捨てようと思ってたやつだから」
俺は川嶋の手からそれを奪い取り、近くにあったゴミ箱へと向かい、放り込んだ。
「おいっ」
振り返り、追ってきた川嶋を前髪の奥から見据える。
「俺のことも、もう、いい。もう十分だ……。今まで本当にありがとう。信じてもらえないかもしれないけど、修学旅行のときのあの写真は、とっくの昔に消してるんだ。だからもう、お前は俺の下僕でいる必要はない」
「は? いきなり何言ってんだ。俺がお前と仲良くしてたのは写真のためなんかじゃないって……」
「写真のせいだよ!」
俺は川嶋の言葉を遮り、声を荒げた。
「お前が俺に優しくしてくれたのは、写真で脅されていたからだ。同情なんかより、そっちのほうがよっぽどいい。同情されても、惨めになるだけだ。俺とお前はもともと住む世界が違うんだから……もう、俺のことは構わないでほしい……」
「……住む世界って、何だよそれっ」
川嶋の声にも、苛立ちが滲む。
「昴陽」
離れたところから声がし、俺ははっとして振り返った。スタッフルームから、川嶋の父が歩いてくる。白衣とその下のユニフォームは、血のついていない新しいものに変わっていた。
「知り合いだったのか?」
「高校のクラスメイト」
面倒くさそうな顔で、父親の問いかけに川嶋が答える。
「遅い時間にすまない。助かった」
川嶋が眼鏡ケースを父親に渡すのを見て、俺は慌てて頭を下げた。
「あの、すみません。眼鏡が壊れたの、うちの母のせいですよね。弁償するので、あとで金額を教えてください」
「お母さんのせいじゃありませんよ」
諭すような優しい声に、恐る恐る頭を上げた。
「息子が何か余計なことを言ったんでしょう? 気にしないでください。そろそろ病棟に移動するので、行きましょう」
冷静になって周りを見ると、俺たちは明らかに悪目立ちしていた。受付のスタッフも、待合室にいた他の患者も、こちらに注目している。俺たちが揉めている様子を察して、受付の人が連絡し、川嶋の父が止めに来たのだろう。
視線で促され、俺も川嶋の父に続いて診療ブースへと向かう。
「――響」
思わず足を止め、振り返った。名前で呼ばれたのは、これが初めてだった。
「約束、忘れるなよ」
「やくそく?」
「お前からした約束だ。絶対に忘れるな」
俺からした約束――。何のことだかすぐには思い出せない。
「気をつけて帰るんだぞ。母さんにも礼を言っておいてくれ」
父親が暗に息子に帰宅を促し、俺はまた、彼に背を向けて歩き出した。
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