仮面王子は下僕志願

灰鷹

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SOS

『物欲しそうな目』

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「どうして救急にいるんだ? 風邪でも引いた?」

 前髪に伸びてきた手を、思わずパシッと振り払っていた。
 顔を見られたくなかった。たぶん今の俺は、ものすごく『物欲しそうな目』をしているだろうから。

「あ、いや……。俺じゃなくて……」

 何も考えずに口にしてしまい、すぐに後悔した。適当に風邪を引いたとでも言っておけばよかった。
 案の定、川嶋は一層表情を曇らせた。

「お前じゃないなら、お母さんに何かあったのか? あ、俺は、親父が今日ここで当直していて、暴れてる患者を抑えたときに眼鏡が飛んでフレームが歪んだから、予備を持ってきてほしいって言われたんだ」

 その瞬間――、自分の中で、何かがぷつんと音を立てて切れるのがわかった。

 ……そうだ。
 さっき説明してくれた医者が、挨拶したときに「かわしま」と名乗っていた。ネームプレートの漢字も同じだった。背が高くて、男前で切れ長の目がそっくりだったのに……。どうして気づかなかったのだろう。

「ふ……、ふふふ……、ふはは……」

 何がおかしいのかわからないけど。なぜか笑いが込み上げてきた。笑うことしかできなかった。

「なんだ。さっきの、お前の親父さんか」

「いったい何なんだよ」

 突然笑い出した俺に困惑の眼差しを向け、川嶋が表情を険しくする。

「お前の親父さんの眼鏡飛ばしたの、たぶん、俺の母親。アル中で、暴れて、迷惑かけたんだ。眼鏡は、いつかちゃんと弁償するから」

「眼鏡はお前が気にすることない。終わるの待ってるから、今夜はうちに来い。車で来てるから、自転車は置いて帰って、明日送ってもらおう」

「……いや。俺のことは気にしなくていい」

 病院からの電話を確認したとき、一番に川嶋の顔が浮かんだ。
 母が救急車で搬送されたという病院に一人で行くのが怖くて、今あいつが一緒にいてくれたらと思った。
 でも、こうして顔を見たら、途端に逃げ出したくなった。今の自分を川嶋に見られたくない。

 川嶋が俺に弁当を分けてくれて、勉強まで見てくれていた理由がわかった気がする。
 こいつの父親は、アル中で暴れる患者に血で白衣を汚されても、眼鏡を壊されても、身内である俺に少しも嫌な顔をしなかった。寝ている母に注がれる眼差しに軽蔑の色はなく、俺に母の病状を説明する言葉や態度には、医者である以前に、同じ年頃の子を持つ親としての気遣いが感じられた。
 そんな人の息子だから……。

「俺、明日、学校休むかもしれないけど。メールも電話も、気を使わなくていいから」

 川嶋が帰るまでの間、ひとまずトイレにでも逃げ込もうと思い、俺はバックを手に立ち上がった。



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