仮面王子は下僕志願

灰鷹

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SOS

俺だけが。

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 母が搬送されたのは家から一番近くにある総合病院で、バイト先から直接そこに向かった。
 「御幸ヶ丘病院」という名前からすると私立の病院のようだが、建物は大きく、診療科や入院病棟も充実しているようだった。救急外来の待合室も十分に広く、ソファが何列も並んでいた。9月という時期のせいか座っている人はまばらだった。

 受付で名前を名乗ると、受付係が電話で連絡を取り、まもなくして現れた看護師が診察スペースへと案内してくれた。
 母はカーテンで仕切られたベッドに横になっており、細いコードで繋がったモニターだけが規則的な電子音を立てていた。
 そこには白衣を着た医者もいて、母が病院に搬送された経緯と病状について説明してくれた。

 母は居酒屋で一人で飲んでいて、倒れたらしい。意識はすぐに戻ったが、床に落ちて割れたコップのガラス片で手を切ったため、救急搬送された。搬送されてすぐは、意識が混濁していてかなり暴れたのだそうだ。傷を縫うことができず、出血も多くそのまま様子を見るのは危険な状態だったため、鎮静剤という意識をぼんやりさせる薬を使ったという。

 医者が着ている白衣も、その内側の青い手術着のような服にも、ところどころ血が付いていて、母が暴れたときに付いたものと思われた。
 無事に縫合できて出血は止まったが、今はまだ鎮静剤が効いている状態らしい。膵臓から出る酵素の数値が上がっていて膵炎が疑われるので、しばらくは入院が必要になると言われた。だが、アルコールの離脱症状でまた暴れるようなら、精神的なケアもできる別の病院に移らなければいけないそうだ。

 説明が終わり、病棟に移動するまでの間、再び待合室で待つように言われた。
 入院になれば、またお金がかかる。
 金銭的な不安はあるが、それでも、ようやく、少しだけ肩の荷が軽くなった気分だった。
 頼りになる大人たちに飲んだくれの母を預けることができた。担当した医者は、服を血で汚されているにもかかわらず、紳士的で優しかった。

 みんな、立派だ。立派で、まともだ。
 ほとんどの人が、他人に迷惑をかけずに、まともに仕事をして、まともに子供を育てているのに。どうして、俺の母親だけがああなのだろう。俺だけが、こんなに苦労しなければいけないのだろう。
 どれだけ努力したところで、あの母親がいる限り、どん底から這い上がることはできない気がする。

 怒りたいのに、恨みたいのに。
 今はその気力も沸いてこない。

「渡辺?」

 頭上で声がし、ふと顔を上げる。
 夢の中のようなぼんやりした視界が、俺を覗き込む顔へと焦点を結んでいく。

 ――川嶋?

 いま一番見たいと思っていた顔がそこにあって、一瞬、自分が白昼夢を見ているのかと錯覚した。


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