仮面王子は下僕志願

灰鷹

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SOS

親心

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「お母様に聞かれたんです。重症膵炎で多臓器不全を起こした場合、どういう経過をたどるのか、仕事ができるまで回復できる確率はどのくらいかと。明確なデータはありませんが、報告によれば、後遺症なしで社会復帰できる人は半分程度かそれ以下だとお答えしました。場合によっては数カ月以上、集中治療室での管理が必要になることもあります。それだけ積極的な治療を続けても、助かる方は半分ほどにとどまるという、大変厳しい病気なんです」

 川嶋先生の事務的な口調が、どこか苦しげになる。

「それを聞いて、これまで何一つ親らしいことをしていないのに、迷惑だけかけるわけにはいかないとおっしゃっていました。……私も、もし、周りに頼れる人がおらず、親一人子一人の状況で自分がそうなった場合、お母さんと同じ選択をしたかもしれません」

 今のように意識のない状態で治療が長引くことを、母は恐れたのだろう。俺の不安を長引かせるよりは、俺を独りにするほうがマシだと判断した。

『お母さんに何があっても、それはお母さんの人生だから。あんたはあんたの人生を生きんのよ』

 昨日、母が言っていたその言葉の意味を、今ようやく理解した。

「これは個人的な話ですが……」

 苦しげだった先生の口調が、少しだけやわらかくなった。

「24時間365日、『親』をすることは、すごく難しいです。私も、子育ては妻に任せきりで、自分が『親らしいことをしている』と思える瞬間は、最近では1%にも満たないかもしれません。……いや、堂々と言えることじゃないですけどね」

 ふっ、と苦笑する気配がした。

「だから、私にはこんなことを言う資格はないのですが……。昨日、『トンビが鷹を生んだんです』と言って嬉しそうにあなたの自慢をする渡辺さんは、私には、母親の顔をしているように見えましたよ」

 椅子を引く音がした。

「私たち医者が医者になって最初に教えられるのは、自分の手に負えないことを無理して一人で背負いこまない、ということなんです。一人で頑張るよりも、SOSを出すほうが遥かに大事な場面は、人生でも何度となくあります」

 川嶋先生が立ち上がり、俺の震える肩に、そっと掌が触れる。その手の大きさとあたたかさが、記憶の中のぬくもりと重なった。あのとき触れられたのは、肩ではなく頭だった。

「この部屋は、しばらく使う予定はありませんから、好きなだけいてください。……あと、まぁ、これも、かなり個人的な話で恐縮ですが……、息子があなたのことをずっと心配していて……、『守秘義務があるから教えられない』と言っても、毎日、お母さんの容態や貴方のことを聞いてくるんです。バイト先には押し掛けないから、落ち着いたら電話してほしいと言っていました」

 一人残された部屋で、ふと、いつかの川嶋との会話が脳裏をよぎった。

『なんか……愛情って難しいね』

『多すぎたら溺れるし、少なすぎたら飢える』

『でもさ、岸で見守ってくれている人がいると思ったら、それだけで安心できるから。だから、無理そうなときは、ちゃんとSOS出して。俺も、そうする』

 ……そうだ…………。

 そう約束したのは、俺だった。



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