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SOS
風邪っぴき配達員
しおりを挟むオートロックでもない安アパートだが、一応、玄関ドアの横にインターホンが付いている。カメラ機能はなく、通話だけできるタイプで、母宛ての宅配便だろうと思って室内機の通話ボタンを押した。
「クローバー急便です。渡辺様にお荷物をお届けにあがりましたー」
返ってきたのは、鼻声まじりのくぐもった声だった。配達員が風邪を引いているのかもしれない。
うつされたら見舞いに行けなくなる。そう思ってダイニングをざっと見回したものの、マスクが見当たらなかった。最近の配達員はたいていマスクをつけているため、諦めてそのまま出ることにした。
相手を待たせていたので、スリッパに足を通し、ドアスコープを確認することもなく鍵を開けた。
「すみません。お待たせ……」
ドアを開けながら発していた言葉が、途中で途切れる。
そこに立っていたのは、川嶋だった。
「なん……で……」
ドアノブを握ったまま、ただ呆然と長身を見上げる。
制服姿の川嶋と年季の入ったうちのアパート。あまりにもあり得ない取り合わせに、完全に思考が停止した。
「ご主人様の意を酌んで自ら動いてこそ、できる下僕ですから」
冗談を言っているのに、目は全く笑っていない。
どことなく怒っている気配を察し、反射的にドアを閉めようとした。――が、川嶋がドアをこじ開け、体を滑りこませる。距離を取るために、俺はスリッパを脱いで廊下に上がるしかなかった。
玄関に立った川嶋と、向かい合う。廊下の段差の分だけ、普段と違って、目線がほとんど同じ高さにあった。
「うち……なんでわかったの……?」
フリーズしていた頭が少しずつ働き始めて、最初にそんな疑問が浮かんできた。
「いつまで待ってもお前が連絡くんねーから、病院から尾けさせてもらった」
「ス、ストーカーかよ」
頬を引き攣らせ、「はは」と乾いた笑いを漏らす。川嶋は険しい表情を崩さなかった。
最後に会ったときのことを思い出せば、川嶋が何を言いたいのかはなんとなくわかる。こんなところまで来てるくらいだから、望みを口にすれば、きっと叶えてくれることも想像がつく。
でも、だからこそ、ぎりぎりまでSOSを出すわけにいかなかった。
「必要ないって、いったじゃん。……もう下僕でいる必要ないって……」
「そうだな。下僕の俺は必要ない。じゃあ、友達の俺は? それも必要ないのか?」
川嶋の口調が更にきつくなる。責めるような眼差しをそれ以上撥ね返せなくなり、俺は顔を俯かせた。
「……いなくても…………大丈夫だよ…………」
――嘘だ。
もしこのままお母さんの病状がどんどん悪化していったらと思うと、不安で押し潰されそうになる。病院からの連絡がないか、ずっとスマホを気にしているし、夜中も何度も目が覚める。
学校に行く気も、バイトに行く気も、勉強する気も起きない。
本当は、「誰か助けて」と、大声で叫びたい。でも――……。
「……ひとりで、だいじょうぶだよ…………」
自分に言い聞かせるように、同じ言葉を繰り返した。
――岸で見守ってくれている人がいると思ったら、それだけで安心できるから。
自分で言ったあの言葉は綺麗事だったと、今ならわかる。
俺は見守ってもらうだけでは、安心できない人間だった。俺だけを、見守ってくれないと。
川嶋を、必要としている。友達としてでもいいから、傍にいてほしいと思っている。
でも、傍にいたら、絶対にそれだけでは満足できなくなる。朝倉より俺を優先させてほしい。朝倉の告白を断って、俺だけのものになって、と思ってしまう。
自分からは何も返せないくせに。欲張りで、身勝手だ。
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