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霊園の守番
孤高のクラスメイト
歩道のない一車線道路をしばらく進むと、道沿いの左手に古びた塀が現れた。その向こうには、屋根瓦を冠した純和風の建物が見える。霊園は市営だが、昔ながらの寺もあるようだ。
早足で歩くうちに、前を行く背中が徐々に大きくなる。
その背格好はやはり同じクラスの八神紫己に似ていた。ただ、背を丸め、どこかたどたどしい足取りで歩く姿は普段の彼とはまるで違っていて、確信は持てなかった。
まだ顔と名前が一致しないクラスメイトも多い中で、八神のことは、話したことすらないのにフルネームで覚えている。それは、彼の持つ独特の雰囲気のせいだろう。
高校に入学したばかりで、ほとんどの生徒が気にすることと言えば、誰と仲良くなるかや、どの部活に入るかといったことに違いない。旺史も、声をかけてきた人間に適当に話を合わせ、連絡先を交換しているうちに、いつのまにか「いつメン」が固定していた。
教室内に期待と不安が入り混じり、誰もが周りの顔色を窺いながら居場所を確保している中で、八神だけは少し違っていた。
いつも背筋がしゃんと伸びていて、教師から指されれば淀みなく答える。ただ、彼が自分から誰かに話しかけたり、談笑したりしているところは見たことがない。
休み時間や教室移動も常に一人。コミュ障で友達を作れないタイプともどこか違っていて、よく言えば「孤高」。人によっては「取りすましている」とも受け取られかねない。「普通」に安心感を覚える旺史にとって、その姿勢は潔くもあり、危うくも思える。
彼一人が目には見えない壁の向こうにいるような気がして、誰かと話していても、気づけば視界の隅に映る彼のほうに意識が向いている感覚があった。
寺の塀を過ぎると、交差する道を渡った先が霊園だった。右手から一台の車が坂を上がってくる。歩調を速めたが、追いつく前に、男子生徒は近づいてくる車に一瞥もくれず道を渡ってしまう。足止めを食らっている間に彼は霊園の中へと消えていた。
『東雲坂霊園』と刻まれた石碑のある入り口を過ぎると、園内にもまた、車1台が通れる幅の車道があった。その脇に10台ほど車を駐められるスペースがある。周囲を背の高い生け垣に囲まれた霊園は、人の多い駅付近とは別世界のようにひっそりとしている。駐車している車はなく、男子生徒が一人でぽつんと墓地へと降りる階段の手前に立っていた。
誰かと待ち合わせしているのなら、邪魔をする気はない。ただ、生け垣に隠れて見張ろうにも、いつ来るかわからない相手を待っていたのでは遅刻する。
ひとまず、あれが八神かどうかと、何かトラブルに巻き込まれていないかだけ確認したかった。
わざと足の裏を擦るようにして足音を立て、近づいて行くが、彼は直立したまま微動だにしない。
傍らの植え込みに簡素な看板が立てられているのが目に入った。
近隣警察署の名とともに、昨年の12月にこの場所で発生した傷害事件と、今年の3月に霊園の階段で女子高生が転落した事故について、目撃情報を求める旨が記されていた。
男子生徒は看板には目もくれず、ただその場に突っ立っている。
旺史はどちらも、ネットニュースに書かれていた内容くらいしか知らない。
12月の事件は、ネットカフェ勤務の女性が迎えに来た交際相手と帰宅途中、彼女にしつこく交際を迫っていた店長が追いかけてきて、別れるよう二人をナイフで脅した――たしかそんな事件だった。切りかかって揉みあいとなり、襲った店長のほうが腹部を刺され重傷を負ったとか。
その後、この付近で転倒や階段からの転落といった事故が相次いでいて、女子高生の転落事故もその中の一つだ。
記事に「ストーカー」と記載されていた記憶はないが、誰が言い出したのか、旺史が入学した頃には、学園内にそれらの災いはストーカーの呪いだという噂が広まっていた。
「あの……」
背後から声をかけても、反応はない。
仕方なしに彼の隣に立ち、そっと横顔を覗きこんだ。
やはり、同じクラスの八神だった。近くで顔を見るのは初めてで、思わず息を呑む。
遠目に色白で中性的だと思っていた顔立ちは、間近で見ると驚くほど整っていた。
黒目勝ちのくっきりとした二重の眼に、長い睫毛が影を落としている。ほっそりとした鼻筋や薄い唇は、「美形」よりも「美人」という言葉のほうがしっくりくる。
ただ、視線を逸らせなかった理由は、顔立ちではなくその表情だった。
まばたきもせず、目を凝らすように前方を凝視している。視線の先には何もなく、墓地に続く階段の降り口があるだけだ。
「八神?」
間近で声をかけても返事はない。旺史は手を伸ばし、指の甲で彼の頬に触れた。
その瞬間、八神がびくっと全身を震わせた。
恐る恐るといったふうにこちらに顔を向ける。その顔は最初に見たときと比べ、完全に血の気が引いたように青褪めていた。
倒れる――そう直感し、反射的に両手を伸ばしていた。
背後から抱き寄せる形になり、頭一つ分背が低い彼の柔らかな髪が、顎に触れる。
「大丈夫か?」
耳元で呼びかけても返事はない。旺史などそこにいないかのように、彼は青褪めた顔で、ただ一点だけを見続けている。手の甲に何か冷たいものが触れ、視線を下げると、彼の胸の前に回していた手に上からそっと掌を重ねられていた。
「……あっ」
八神が小さく声を漏らし、懸命に凝らしていた目を大きく見開いた。
触れていた手を上からギュッと握り込まれ、もう片方の手も上がってきて手首を強く掴まれる。
「……来る…………」
「来るって、何がだよ!?」
彼の視線の先に目を凝らしてみるが、あるのはただの閑静な霊園の景色だけだ。
驚愕に顔を歪める八神のことも、不気味ではあるが怖いとは思わなかった。
八神には、本当に何かが見えているのかもしれない。旺史には見えないものを八神が見ている。それだけの話だ。
華奢な彼なら、力づくで引き摺っていくこともできる。ただ、八神の表情は何かを見据えているだけで怯えているようにも見えず、そこまでするのは躊躇われた。
八神が旺史の手首を掴んでいた右手を、そろそろと目の前に突き出した。焦点も、今は階段の降り口ではなく、すぐ目の前に合っている。見えている何かが移動してきたということだろうか……。
その瞬間、彼の体が何かの発作のように、小刻みに震え出した。
旺史の手を掴んでいた手に、痛いほどに更に力が加わる。
瞬きもせずに見開かれた目は、今は驚き以外の別の光を宿していた。薄く口角の上がった表情は、笑っているようでもある。
咄嗟に、彼を抱き込む腕の力を強め、空いているほうの手で彼の手首を掴んだ。
何が起きているのかは理解できない。ただ、絶対に離してはいけない気がする。
ぎゅっと固く目を瞑り、腕の中の存在、彼の浅い息遣い、触れ合う肌の冷たさに意識を集中させる。
彼の体を通して何か目には見えないものを必死に抱き留めているような、そんな感覚だった。
「…………た……すけて…………」
腕の中から悲痛な響きを耳にした瞬間――、急に腕に重みを感じた。八神の膝が抜けたように、体が完全にこちらへもたれかかる。
「おいっ! 八神!?」
完全に意識を失い、ずるずるとずり落ちていく体を支えきれなくなり、旺史もその場に膝を崩れさせた。
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