それでは、お先にごきげんよう

灰鷹

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霊園の守番

聞き込み①




 華橘学園は文武両道を掲げるマンモス校で、運動部は全国レベルの部もいくつかある。
 練習着に着替えた生徒たちがグラウンドや体育館に向かう姿を尻目に、旺史は八神と連れ立って学校を出た。
 八神も旺史と同じく帰宅部で、電車通学だ。学園の制服で溢れる最寄り駅に到着すると、いつものように改札には向かわずにエスカレーターで2階に上がった。フロアには、飲食店やカラオケ、ゲームセンターなどが並んでいる。訪れたのは、その一角にある全国チェーンのネットカフェだ。
 ストーカー(仮)刺傷事件のことを探るにあたり、八神を再び霊に同調させるよりは、ここで話を聞いたほうが安全だと判断した。

 自動ドアをくぐると、「いらっしゃいませ」という声に迎えられる。受付カウンターにいたのは若い男性店員一人だった。平日の夕方だからか、幸いにもカウンターに並んでいる客はおらず、オープン席もまばらだった。

「あの……、すみません。ちょっとお尋ねしたいことがあるんですが……」

 店員に声をかけたのは八神だ。駅までの道中、打ち合わせした通りだった。
 怪訝そうな顔をする店員に「いい」とも「いや」とも言わせぬタイミングで、八神が話を続ける。

「こちらに、金色に近い髪色をポニーテールにしている細身の女性は今も勤務しておられますか? 目がぱっちりとした美人な方で、女性にしては少し身長が高めです」

 八神が霊に同調して見た女性の容姿と、身長については、背後から首を絞めていた男を基準に判断した見立てだった。

「金髪の女性……」

 考え込む顔をしているところを見るに、心当たりはなさそうだ。

「以前、この駅で気分が悪くなってしまったことがあって……。そのときに介抱してくださった女性が、ここで働いていると仰ってたんです。気分が悪くなったのは受験勉強で寝不足だったせいで、華橘学園を受験する予定だって言ったら、じゃあ合格したらお店に遊びに来てねと仰っていて……。無事に入学できて、今日ようやくあのときのお礼に来たんですが……」

 人や状況によって態度を変え、必要なら嘘や誇張も辞さない旺史と違い、八神は嘘を吐くのが苦手なようだ。それでも、道中、何度も練習したおかげで、最初は白々しかった台詞も、それなりに板についている。

「僕は3月から働いているので、他の従業員のことはよく知らなくて……」

 否定の言葉を告げる店員に、八神が「そうですか……」と、さも気落ちした顔で長い睫毛を称えた目を伏せる。それも、あしらわれた場合を想定して練習していた演技だった。美少年の憂い顔は老若男女、庇護欲を擽られるものだ。
 期待通り、店員は何かを思い出したように表情を一変させた。

「ちょうどさっき来た次のシフトの人が古株みたいだから、彼女ならわかるかも。ちょっと聞いてみますね」

 店員が奥に引っ込んだタイミングで、八神と軽く拳を合わせる。
 男性店員と一緒に出てきたのは若い女性の店員だった。明るい色の髪をゆるく後ろでまとめ、カラフルなネイルをしている。カラコンのせいか瞳がやけに大きく見え、今どきの女子大生といった雰囲気だ。
 その視線がカウンターの前に立つ八神ではなく、すぐに自分へと向けられたことに気づく。
 ここぞとばかりに、真顔だと目つきの悪い吊り気味の目を、にこっと屈託なく目尻を下げてみせた。

「シフト前なのにすみません。5分でいいので、少しお話を聞かせてもらえますか?」

 案の定、出てきたときは若干迷惑そうだった女性が、どこか落ち着かない様子で目を泳がせた。

「吉岡さんのことだと思うけど、今はもう、ここを辞めてて……」
「すみません。ここだとお店のご迷惑になるので、外で話を聞いてもいいですか?」

 女性の話を途中で遮り、作り笑いを張り付かせたまま店の入り口を顎で示す。女性は困ったように男性店員と顔を見合わせたが、「シフトが始まるまでなら」と頷き、ついてきてくれた。


「吉岡さんって、12月に東雲坂霊園で起こった事件の関係者ですよね?」

 女性店員の様子を見て、単刀直入にそう切り出した。
 女性は「どうして知ってるの?」と言いたげな顔をしている。

「もう辞めてるって仰ってたから、そうかなと思って……。連絡先とか新しいバイト先とか、ご存知ないですか?」

「お礼なら、私のほうから伝えておくから……」

「連絡先、ご存知なんですか?」

 それまで成り行きを見守っていた八神が、店を出て初めて口を開いた。

「あの……、本当は、伝えたいのはお礼じゃなく、店長さんからの伝言なんです」

 女性の目を真っすぐに見据えて伝える。
 計画では、ここでは「介抱してもらったお礼を言いたい」で押し通し、霊園で八神が見たという女性と繋げてもらう予定だった。
 旺史としては、計画変更を余儀なくされ、頭を抱えたくなる。「おいっ!」とツッコミたいのをぐっと堪えた。

 女性は目を大きく見開いた。

「店長、意識戻ったの?」

「やっぱり……、あの人は、今も生きて……」

 旺史は慌てて、八神の首に腕を回し、口を掌で塞いだ。
 昼休みに霊園での刺傷事件についてネットで検索し、刺された人が亡くなったという記事は確認できなかったから、もしかしたらとは思っていた。ただ、「生き霊からの伝言」なんて言ったら、さすがに気味悪がられて聞ける話も聞けなくなってしまう。

 頭を高速回転させてプランBを必死に捻りだす。伝言について触れた以上、「お礼を言いに来た」で押し通すのは無理だと判断した。

「店長さんから伝言を託されたのは、あの事件の前です」

 八神の口から手を離し、女性の顔色を窺いつつ慎重に言葉を選んでいく。

「最初から店長の名前を出したら、話を聞いてもらえないだろうと思って……。『介抱してもらったお礼を言いたい』と嘘をついてしまって、すみません。……正直、俺たち、店長さんが吉岡さんをナイフで脅そうとしたなんて、信じられないんです」

「意識戻ったの?」と言ったとき、女性は明らかに、顔を輝かせていた。
 おそらく店長に対して、悪感情は持っていないはず――自分のその直感を信じることにした。

「俺たちにはいつも、優しくしてくれていたから……。伝言も、もし自分に何かあったら、吉岡さんに伝えてほしいって言われてたことなんです。でも、事件のあと、学校で店長が吉岡さんのストーカーをしていたって噂が広まって……。伝言を伝えるべきか迷っている間に、時間が経ってしまいました」

 息を吐くように嘘を吐く自分に、我ながらちょっと引いてしまう。八神もさぞやドン引きしていることだろうと思ったが、背中にそっと手が触れる感触がした。「このまま話を進めて」と言われた気がする。

「店長さんは本当に、吉岡さんのストーカーをしていたんでしょうか?」

 ためらいがちに、尋ねた。
 世間知らずの高校生を装えば、不謹慎な質問にも答えてもらえるんじゃないかという打算があった。


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