推しの恋を応援したかっただけなのに。

灰鷹

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お忍び外出

高い壁




 王立学院を卒業し、宮廷の官吏となったコンラートは、財務院に配属され主計官を務めている。彼に頼んだのは、12年前の王太子費の帳簿を確認してもらうことだった。

 処刑されたノヴァリオ侯爵は、王太子のための予算である王太子費を横領していて、それを王太子に知られたことが殺害の動機とされていた。クラウス伯爵が王太子殺害の黒幕なら、王太子費を横領していたのも伯爵だろう。しかし、実際にどのような手口で横領が行われたのかは、宮廷裁判の記録が紛失していてわからない。そこで、コンラートの手を借りることにしたのだ。
 主計官である彼なら、過去の帳簿を調べていても誰にも怪しまれないですむ。彼にはクラウス伯爵を疑っていることは告げずに、「王太子殺害が本当にノヴァリオ侯爵一人による凶行であったか、調べ直している」とだけ説明した。彼は不審そうな顔をしていたが、一応は引き受けることを約束してくれた。

 コンラートを見送った後、ホーズと呼ばれる膝下が細いズボンと麻のシャツに着替えて、アルベール家を辞去した。今度はカインの従者に扮したわけだが、例の如く、「従者顔ではない」という理由でクロークを脱ぐことは許してもらえなかった。フードを目深にかぶり、速足で歩いていると、こめかみにジワリと汗が滲んでくる。
 前世では温暖化の影響で年々気温が上がり、初夏と言えど真夏日に近かった。このフィアリス王国は、同じ時期でも湿気がなく、陽射しもやわらかい。ただ、体を動かすとそれなりに暑い。


「どうして事前に相談もなしに、コニーにあんなことを頼んだんだ?」

 市民街へと向かう道すがら、カインは不満をぶつけてきた。コニーというのは、コンラートの愛称だ。
 屋敷では使用人の耳があるため、我慢していたらしい。

 貴族街から離れるにつれ、石畳の道は所々ひび割れ、小さな陥没が目立ちはじめた。馬車ならかなり揺れたであろう悪路を、割れ目に足を取られぬよう慎重に歩を進める。
 初めての外出なので、ゆっくり景色を楽しみたくて、「歩いて行きたい」と俺が言いだした。だが、実際は景色を楽しむ余裕などなかった。カインは文句を言いながらも、歩く速さは俺に合わせてくれている。

「相談する時間がなかったんだよ。ヴァルモント兄妹がいることを事前に知っていたら、ちゃんと相談したさ」

「思いつきで話していいことではないだろう? 何故、今日初めて会った相手を信用する?」

 正論ではあるが。まるでコンラートのことを「信用できない」とでも言いたげな口ぶりに、違和感を覚える。
 小説の中では、カインは最後までコンラートを信頼していたのに。

「君とセレナの幼馴染だろう? 彼がセレナのことを大事に思っていることは俺にもわかる」

「確かに、コニーはセレナの身を危険に晒すようなことはしないだろう。だが、あいつは完全にセレナの味方でもない」

「どういう意味だ?」

 隣を歩く男を見上げようと顔を上げ、眩さに目を細めた。
 朝食後すぐに城を出たが、アルベール家に長居して、すっかり時間を食ってしまった。日は既にてっぺん近くにある。

「王太子の婚約者という立場が身の危険を伴うことを知った以上、セレナの無事が保証されるのなら、コニーは婚約を破棄させるための陰謀に加担する可能性もある。セレナの身を案じて、本人の意志に反することをする可能性もあるってことだ」

 自分では思いもしなかった可能性を指摘され、言葉に詰まる。

「彼女自身が婚約破棄を望んでいないのに?」

「男なら、愛する人を危険な場所に置くよりは、自分の手で守ってやりたいと思うものだろう? おまけに、婚約が破談になれば、自分にもその機会が回ってくるのだからな」

 甘い言葉とはおよそ無縁の男の口から、「愛する」という言葉を聞き、一瞬ドキッとした。
 道端の木々が徐々に少なくなり、視界が開けていく。石畳の向こうに、煙突から煙を吐く、不揃いな灰褐色の屋根が見えてきた。
 
「君もそうなのか?」

 さりげなく訊ねたつもりだったのに。少し声が上擦ってしまった。
 カインも、「愛する人を危険な場所に置くよりは、自分の手で守ってやりたい」と思っているのなら。もしかしたら、自分がやっていることは全て、彼の意にそぐわないことかもしれない。

「一時的に婚約を解消してもらって、その間にクラウス伯爵を断罪するための証拠を集めることもできると思う。父上と兄上に、『セレナの食事に毒を盛った黒幕が見つかるまでは、そのほうが安全だから』と言って、一旦婚約を解消してもらうよう進言してみようか?」

 そうすれば、セレナはまた実家で暮らせる。カインも、自分の手で愛する人を守ることができる。

 緊張して答えを待つ頭上に、落ち着いた声が降ってくる。

「俺も……、セレナを危険な目に遭わせたくはない。だが、いずれは王妃になって、王と国を支えたいと覚悟を決めた妹を、尊敬もしている。王妃になれば、きっと今より危険も気苦労も増える。そのたびに婚姻を解消して実家に逃げ帰るわけにいかないだろう? セレナが自分から婚約解消を望まない限りは、俺はあいつの意志を尊重するよ」

 彼らしい答えだ。そう思う一方で、彼は微塵も、兄妹の枠を外すつもりはないのだと思うと、切なくなった。

 セレナはカインを血の繋がった兄と信じて育っている。ノヴァリオ侯爵の冤罪を晴らし、カインがノヴァリオ家を再興できたとして、真実を知ったセレナがカインを男として意識するかもしれないと思うことは、彼女に対してとても失礼なことに思える。
 俺だって、いきなり、「妹と実は血が繋がっていなかった」と言われたとして、妹を女性として見ることなんてできない。ましてや妹相手に恋愛や結婚なんて、気色悪いとさえ思ってしまうレベルだ。
 セレナへの恋情を露わにすれば、もう二度と、これまで通りの普通の兄妹ではいられなくなる。カインはそれが怖いのだろう。
 身分の差や体裁だけではない。カインとセレナが結ばれるには、それよりもっと高い壁があったことに今更ながらに気が付いた。

「必ず推しの幸せを見届けるなんて、軽々しく言ってごめん」

「なぜ今その答えになるのかはよくわからないが……」

 しゅんと俯いた頭に、フード越しにあたたかいものが触れた。ぽんぽんと軽く叩かれ、撫でられる。

「とにかく。コニーだけでなく、これからは誰かに協力を仰ぐときは、絶対に一人で即決するな。必ず先に俺に相談しろ」

 わかった、と答えると、ふっ、と安堵の滲む笑いが落ちてきた。




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