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藪をつついて蛇を出す
そうだ。辺境伯領、行こう。
ドン、と音がするほど勢いよくテーブルに両手を置き、椅子から腰を浮かせた。テーブルが揺れ、まだ口をつけていなかった茶器の中身が溢れ出て、「キャッ」とセレナが小さく悲鳴を上げる。
「あ……、す、すみません」
ヤバい。マズい。どうしよう。
焦りと不安が膨れ上がるばかりで、まともに思考が働かない。
「エドワード。急にどうしたんだ? 顔が真っ青だぞ」
「カインが……」
――危ない。
そう言おうとして、心配そうなセレナと目が合った。
何の根拠もないのに、彼女を不安にさせたくはない。
兄上と二人で話すべきか一瞬迷ったが、彼女の食事に毒が混入していたことを告げたときの、彼女の毅然とした態度を思い出し、自分よりもよほど気丈だろうと思い至った。
「兄上」
俺はテーブルを回り込み、兄のもとへ歩み寄ると、床に両膝をついた。
「エ、エド……、何をしている?」
驚いた兄は、久しく聞かなくなった愛称を口にした。
「お願いします。私をカインの視察に同行させてください」
「それは……、出発前ならなんとかなっただろうが、視察団は既に昨日発った」
「そうなのですか?」
朝一番に謁見を申請され、しばらく稽古を休むことを告げられたのは昨日のことだ。
だとすれば、カインは、おそらくその足で王宮を出立したのだろう。ぎりぎりまで伏せられていたのは、俺に任務の詳細を問い詰める時間を与えないために違いない。
そう考えたら、あんにゃろう、と腹立たしくもあったが、怒りはひとまず飲み込むことにした。
「ならば、今から出立し、急ぎカインを追いかけます。馬を走らせれば、明日か明後日には追いつけるでしょう。
「な、何を言っている! 正気か? 馬を走らせるなどと、お前にできるわけないだろう?」
何事にも動じない兄が、珍しく狼狽していた。
「カインから乗馬を習い、今は早駆けもできます」
とは言え、走らせたのは牧場内で、長時間馬に乗ることには正直自信がなかったが、自信のなさを気取られぬよう胸を張った。
「何故そこまでして行きたいのだ? お前が行ったところで足手まといになるだけだ」
「そうかもしれませんが……、」
視線を泳がせ、言い訳を探す。
「私がいることが重要なのです。もし、今回の視察が、セレナ様を兄上の婚約者の立場から引きずり降ろそうとする者の謀略なら、兄上の慰問の際に何か不測の事態が起こり、カインが責を問われるようなことがあるかもしれません。視察に私も同行していれば、追及の手も緩むでしょう」
実際には、カインを追いかけたい理由は別にあった。
カインを視察に出したのがクラウス伯爵の差し金なら、小説でエドワードとセレナが襲われたように、追いはぎを装いカインが襲われることもありえる。俺がカインと共にいれば、伯爵もカインを襲うことを諦めるかもしれない。
今の俺はヴィオラと懇意にある。俺に王太子になってほしいと仄めかすヴィオラの発言が伯爵の意を受けてのものなら、巻き込まれて俺が命を落とすことは、伯爵も望まないはずだ。
「まぁ、確かにそれも一理あるが……、私の一存では決められぬ。今から父上のところに行き、お伺いをたてよう」
「時間がありません。私は今から出立しますので、父上には兄上からよろしくお伝えください」
断固たる口調で言い放ち、勢いよく立ち上がった。
旅に出たことなど一度もないというのに。危険な旅への不安を凌駕し、どうしてこうも気持ちが急かされるのか、自分でも不思議だった。
「ま、待て! エドワード!」
「止めても無駄です。俺は今すぐ城を出ます」
「わ、わかった。……わかったから。お前も支度は必要だろう? その間に『影』の者の中から北方出身の者を選んでおく。必ずその者たちを連れて行きなさい」
セレナは、俺がカインを追いかけるのが、自分のせいだと思っているのだろう。泣きそうな顔をしていた。
「ありがとうございます。必ず、カインと共に無事に戻ってまいります」
最後はそう言って二人に笑顔を向けると、一礼してセレナの居室を後にした。
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