推しの恋を応援したかっただけなのに。

灰鷹

文字の大きさ
24 / 49
藪をつついて蛇を出す

そうだ。辺境伯領、行こう。




  ドン、と音がするほど勢いよくテーブルに両手を置き、椅子から腰を浮かせた。テーブルが揺れ、まだ口をつけていなかった茶器の中身が溢れ出て、「キャッ」とセレナが小さく悲鳴を上げる。

「あ……、す、すみません」

 ヤバい。マズい。どうしよう。
 焦りと不安が膨れ上がるばかりで、まともに思考が働かない。

「エドワード。急にどうしたんだ? 顔が真っ青だぞ」

「カインが……」

 ――危ない。

 そう言おうとして、心配そうなセレナと目が合った。
 何の根拠もないのに、彼女を不安にさせたくはない。
 兄上と二人で話すべきか一瞬迷ったが、彼女の食事に毒が混入していたことを告げたときの、彼女の毅然とした態度を思い出し、自分よりもよほど気丈だろうと思い至った。

「兄上」

 俺はテーブルを回り込み、兄のもとへ歩み寄ると、床に両膝をついた。

「エ、エド……、何をしている?」

 驚いた兄は、久しく聞かなくなった愛称を口にした。

「お願いします。私をカインの視察に同行させてください」

「それは……、出発前ならなんとかなっただろうが、視察団は既に昨日発った」

「そうなのですか?」

 朝一番に謁見を申請され、しばらく稽古を休むことを告げられたのは昨日のことだ。
 だとすれば、カインは、おそらくその足で王宮を出立したのだろう。ぎりぎりまで伏せられていたのは、俺に任務の詳細を問い詰める時間を与えないために違いない。
 そう考えたら、あんにゃろう、と腹立たしくもあったが、怒りはひとまず飲み込むことにした。

「ならば、今から出立し、急ぎカインを追いかけます。馬を走らせれば、明日か明後日には追いつけるでしょう。

「な、何を言っている! 正気か? 馬を走らせるなどと、お前にできるわけないだろう?」

 何事にも動じない兄が、珍しく狼狽していた。

「カインから乗馬を習い、今は早駆けもできます」

 とは言え、走らせたのは牧場内で、長時間馬に乗ることには正直自信がなかったが、自信のなさを気取られぬよう胸を張った。

「何故そこまでして行きたいのだ? お前が行ったところで足手まといになるだけだ」

「そうかもしれませんが……、」

 視線を泳がせ、言い訳を探す。

「私がいることが重要なのです。もし、今回の視察が、セレナ様を兄上の婚約者の立場から引きずり降ろそうとする者の謀略なら、兄上の慰問の際に何か不測の事態が起こり、カインが責を問われるようなことがあるかもしれません。視察に私も同行していれば、追及の手も緩むでしょう」

 実際には、カインを追いかけたい理由は別にあった。
 カインを視察に出したのがクラウス伯爵の差し金なら、小説でエドワードとセレナが襲われたように、追いはぎを装いカインが襲われることもありえる。俺がカインと共にいれば、伯爵もカインを襲うことを諦めるかもしれない。
 今の俺はヴィオラと懇意にある。俺に王太子になってほしいと仄めかすヴィオラの発言が伯爵の意を受けてのものなら、巻き込まれて俺が命を落とすことは、伯爵も望まないはずだ。

「まぁ、確かにそれも一理あるが……、私の一存では決められぬ。今から父上のところに行き、お伺いをたてよう」

「時間がありません。私は今から出立しますので、父上には兄上からよろしくお伝えください」

 断固たる口調で言い放ち、勢いよく立ち上がった。
 旅に出たことなど一度もないというのに。危険な旅への不安を凌駕し、どうしてこうも気持ちが急かされるのか、自分でも不思議だった。

「ま、待て! エドワード!」

「止めても無駄です。俺は今すぐ城を出ます」

「わ、わかった。……わかったから。お前も支度は必要だろう? その間に『影』の者の中から北方出身の者を選んでおく。必ずその者たちを連れて行きなさい」

 セレナは、俺がカインを追いかけるのが、自分のせいだと思っているのだろう。泣きそうな顔をしていた。

「ありがとうございます。必ず、カインと共に無事に戻ってまいります」

 最後はそう言って二人に笑顔を向けると、一礼してセレナの居室を後にした。




感想 3

あなたにおすすめの小説

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

結婚間近だったのに、殿下の皇太子妃に選ばれたのは僕だった

BL
皇太子妃を輩出する家系に産まれた主人公は半ば政略的な結婚を控えていた。 にも関わらず、皇太子が皇妃に選んだのは皇太子妃争いに参加していない見目のよくない五男の主人公だった、というお話。

悪役令嬢の兄、閨の講義をする。

猫宮乾
BL
 ある日前世の記憶がよみがえり、自分が悪役令嬢の兄だと気づいた僕(フェルナ)。断罪してくる王太子にはなるべく近づかないで過ごすと決め、万が一に備えて語学の勉強に励んでいたら、ある日閨の講義を頼まれる。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。

月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」 幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。 「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」 何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。 「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」 そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。 僕、殿下に嫌われちゃったの? 実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。

婚約破棄させた愛し合う2人にザマァされた俺。とその後

結人
BL
王太子妃になるために頑張ってた公爵家の三男アランが愛する2人の愛でザマァされ…溺愛される話。 ※男しかいない世界で男同士でも結婚できます。子供はなんかしたら作ることができます。きっと…。 全5話完結。予約更新します。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。