水死体引き上げ人

Nebu

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2 水底の招きと紫の手形

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「彼女は、なんと美しいのだろう」

水面は柔らかく揺らめき、光と影を絶妙に屈折させている。その揺らぎが天然のフィルターとなり、小黄鶯(シャオ・ホワンイン)の仕草をより一層艶やかに見せていた。

李追遠(リ・ツイエン)も以前、両親に連れられて職場の演芸会を見たことがあり、プロの歌手やダンサーを知っていた。しかし、昨日このあばら屋の下で見た小黄鶯の衝撃は、それらを遥かに凌駕していた。厳格な両親の下、規律正しく育てられた彼にとって、彼女が放つ野性的なフェロモンは未知の猛毒だった。

それは下品で、ふしだらで、泥臭く、とても表舞台には出せないものだ。だが、その匂いは、たまらなく甘美だった。

彼女が近づいてくる。まるで絵画の中の人物が、枠を抜け出してこちらへ歩いてくるようだ。 その瞬間、追遠は自分の置かれた状況を忘れていた。自分が水中にいることも、呼吸ができない苦しみも、鼻や口に水が侵入する恐怖さえも、すべて意識の外へと追いやられた。

彼女が、手を伸ばすまでは。

昨日、兄たちと最前列で見ていた時、小黄鶯は腰をくねらせながら近づき、追遠の顔を撫でてくれた。むさ苦しい子供たちの中で、彼だけが磁器の人形のように白く清潔だったからだ。追遠は、もう一度触れてほしいと願っていた。

しかし今回、彼女が伸ばしてきたのは両手だった。 その両手が、追遠の両肩をガシッと掴んだ。

「……寒い……痛い……」

刹那、甘美なフィルターは引き裂かれた。あの奇妙な陶酔感は消え失せ、麻酔が切れた患者のように、鮮烈な恐怖と痛みが戻ってきた。 逃げたい、振りほどきたい。だがその手は万力のように食い込み、どれだけもがいてもビクともしない。

その時、背後から強力な力が加わった。まるで学校の運動会でやった綱引きだ。ただし、今回は自分が「綱」だった。 ブチッ、という感覚と共に、追遠の体は引き上げられた。視界の中で自分が浮き上がり、下方の小黄鶯が遠ざかっていく。 彼女は両腕をこちらへ突き上げたまま、二人の間には本来あるはずのない深淵が広がっていった。

「へいっ、よぉっ!」

幸いだったのは、孫が竹籠を背負っていたことだ。李維漢(リ・イカン)はその竹籠を掴んで引き上げていた。 重い。死ぬほど重い。ただの子供一人のはずなのに、まるで発情した耕牛と力比べをしているようだ。水の下で、何者かが孫を離そうとしない。 雷子(レイズー)も駆け寄り、祖父の腰を抱えて後ろへ引っ張る。 ついに、「ザバァッ!」。孫の体が水面を出た瞬間、あの抵抗力はふっと消滅し、維漢、雷子、そして引き上げられた追遠はもつれ合うように船底へ倒れ込んだ。

「出すぞ! 急げ!」

維漢は起き上がる間も惜しんで怒鳴った。潘子(パンズー)は今度こそドジを踏まず、死に物狂いで竿を操り、船を岸へ向けた。

「爺ちゃん、来た、彼女が来た!」

雷子が恐怖に引きつった声で指差した。 維漢が振り返ると、船の移動に合わせて、水面に浮かぶ黒い髪の塊が追尾してきていた。 彼女は、追ってきている!

「雷侯(レイホウ)、潘侯を手伝え、急げ!」

「わかった!」

兄弟が掛け声を合わせて竿を操り、船速が上がる。維漢は釣り竿を構え、神妙な面持ちで水面を睨んだ。髪の塊との距離が縮まっている。維漢は裂帛の気合いと共に、髪の少し前方を狙って竿を突き出した。

竿先が水に入った。何かに当たった感触はあったが、抵抗はない。代わりに、強烈な力が竿を下方へ引きずり込もうとした。

「うおっ……」

咄嗟に手を離さなければ、維漢自身が引きずり込まれるところだった。

髪が、さらに近づく。 船縁に立った維漢の目には、水面下の黒いチャイナドレスが見えていた。川は東へ流れているのに、彼女は逆らって進んでいる。 泳いでいるのではない。彼女は、川底を「歩いて」いるのだ!

「ギシッ! ギシッ! ギシッ!」

船体が激しく揺れ始めた。転覆すれば終わりだ。水泳が得意かどうかなど関係ない。この「土左衛門」は邪悪すぎる。 維漢は足元の漁網を掴むと、迷わず残り二メートルに迫った髪の塊へ向かって投げ打った。 網が水面を覆い、沈んでいく。最初は網ごと引きずられていたが、次第に速度が落ち、やがて止まった。

効いた、絡まったぞ! 維漢は船尾へ走り、竹竿を奪い取った。

「お前らは小遠侯を見てやれ!」

「はい!」

潘子と雷子は所詮子供だ、極限の緊張と重労働で脱力していた。維漢が代わると、すぐに追遠の元へ駆け寄った。

「遠子、遠子! 起きろよ!」

「爺ちゃん、遠子が起きない」

「息はあるか!」

維漢は網の行方を気にしながら叫ぶ。

「ある、息はある!」

「背中を叩いて水を吐かせろ」

言われた通りにしたが、どれだけ叩いても追遠は目を覚まさない。

「爺ちゃん、ダメだ!」

維漢は答えず、歯を食いしばって竿を操り続けた。目に汗が入っても拭うことさえしなかった。

ようやく船が家に着いた。維漢は竿を放り出し、船を係留することさえせず、追遠を抱えて飛び降りた。疲労で足がもつれ、膝を青石の階段に強打したが、孫を庇って耐えた。

「桂英(ケイエイ)、桂英!」

「もう戻ったのかい?」

台所で灰を片付けていた崔桂英(サイ・ケイエイ)が驚いて出てきた。

「どうした、伢児(ヤーアル)に何があった?」

維漢は孫を奥の部屋のむしろに寝かせた。子供が多いこの家では、夏場は雑魚寝が基本だ。 桂英は追遠の頬を叩いて呼びかけるが、反応がない。

「ああ、私の可愛い伢児が、どうしてこんなことに……」

「泣くな!」

維漢が妻の脛を軽く蹴った。

「急いで乾いた服に着替えさせろ」

桂英は涙を拭い、服を取りに走った。

「潘子、鄭(テイ)の大筒(ダイトウ)を呼んでこい!」

「はい!」

鄭大筒とは村の裸足の医者、鄭華民のことだ。子供を太い注射器で脅すため、このあだ名がついた。

「雷子、お前は劉(リュウ)の盲(めくら)を呼べ」

「わかった!」

劉の盲こと劉金霞(リュウ・キンカ)は、奇妙な運命を背負った女だ。若くして夫を水難事故で亡くし、その後も身内や娘婿が次々と不審死を遂げた。「身内を食い殺す命運」だと噂され、皮肉にもその「強すぎる凶運」が彼女の占い師としての株を上げた。今では娘の李菊香(リ・キッコウ)が三輪車を漕ぎ、目の悪い母を乗せて各地へ「商売」に出向いている。

追遠を着替えさせ終えた頃、維漢は膝の血を井戸水で洗い流し、鍵付きの棚からタバコを三箱取り出した。 一箱を桂英に投げた。

「鄭大筒が来たら目の前で封を切って一本、帰りに一本渡せ。治療費はツケだ」

続いてもう一箱。

「劉の婆さんには一箱まるごとやれ。余計な話はするな」

「劉の婆さんは最近、高いって聞くよ」

と桂英。

「目が潰れたのは仕方ないが、良心まで潰れてなけりゃいいがな」

維漢は最後の一箱をポケットに入れた。

「出かけるのかい?」

「三江(サンジャン)叔父のところへ行ってくる」

「えっ! あんたたち、一体何を“撞いた(遭遇した)”んだい?」

維漢は周りの孫たちを見回し、妻を睨んだ。

「帰ってから話す」

そう言い捨てて、古い自転車を押して出て行った。

「遠子兄ちゃん、どうしたの?」

幼い孫娘が尋ねた。

「水鬼(スイグイ)だ。水鬼に捕まって、身代わりにされたんだ!」

虎子(フーズー)が得意げに言った。 子供たちが青ざめて後ずさる。

「パァン!」

乾いた音が響き、虎子の頬に手形がついた。

「滅多なことを言うんじゃない! お客さんが来たか見ておいで!」

桂英が叱りつけた。

やがて、「鄭大筒が来たぞ!」という声と共に、木箱を背負った医者が入ってきた。 診察、聴診器。郑大筒は眉をひそめ、タバコをふかしながら首を傾げた。

「溺水でもないし、水も入ってない。体はなんともないな」

「じゃあ、なんで起きないんだ?」

「……わからん。今夜起きなきゃ、明日は町の病院へ連れて行け」

彼は手詰まりだった。桂英が渡したタバコを耳に挟み、逃げるように去っていった。

「劉の婆さんは呼んだのか?」

去り際に彼は小声で聞いた。

「ああ」

郑大筒は頷いた。

「それがいい」

入れ違いに、三輪車に乗った劉金霞と娘の菊香が到着した。

「お母ちゃん、急いでよ」

と菊香。

「焦るんじゃないよ、どうせ金にはならないんだ」

劉金霞はふてぶてしく煙を吐いた。彼女は維漢に昔受けた恩を忘れてはいなかったが、口では憎まれ口を叩く。

「入るよ」

劉金霞は白濁した目で屋内を見回し、一喝した。

「ガキどもは出て行け、竈神(かまどがみ)様がうるさがる」

李追遠は台所のテーブルに移された。 劉金霞の老いた手が、少年の足から顔、そして肩へと這う。彼女の手からは、タバコのヤニと、手入れに使っている酢の強烈な匂いがした。

「桂英侯(ケイエイホウ)、“呼び”はやったかい?」

「やったよ」

桂英が針を入れた水椀を差し出した瞬間、彼女自身が悲鳴を上げた。

「ひぃっ!」

水の中の針は赤く錆びつき、その錆が血のように底へ広がっていた。 劉金霞は深く息を吸い込んだ。

「妹子(メイヅ)、こいつは……“祟(たた)られて”るね」

「助けてくれ、頼むよ!」

桂英はタバコを押し付けた。 劉金霞はそれを押し返し、溜息をついた。

「金も物も受け取らないよ。維漢侯には昔、世話になった。それに……この子は菊香の友達だった蘭侯(ランホウ)の息子だろ?」

菊香が追遠を見て、「蘭侯にそっくりだ」と呟いた。孤独だった菊香にとって、差別せずに遊んでくれた李蘭は唯一の親友だったのだ。

「妹子、正直に言うよ」

劉金霞は言った。

「普段の二十件の依頼のうち、十五件は気のせい、四件は小事だ。でも一件だけ、本当にヤバいのが混ざる。……今回はそれだ」

「竈の灰を持ってきておくれ」

劉金霞は香炉の灰を掴み、呪文を唱え始めた。

「塞ぐよ」

菊香が慣れた手つきで追遠の口と鼻を手で覆う。劉金霞が灰を子供の首や肩にベビーパウダーのように擦り込む。 すると、見るも恐ろしい光景が現れた。 桂英は自分の口を押さえた。 孫の真っ白な肩に、くっきりと二つの「紫色の手形」が浮き上がってきたのだ!

「凶悪だね……菊香、始めるよ」

菊香は道具を取り出した。墨を入れた椀、筆、そして異様な生臭さを放つ赤い毛糸。 赤い糸の一端を自分の手首に、もう一端を追遠の手首に結び、距離を取って立つ。 劉金霞が筆に墨をつけ、追遠の額に円を描きながら呪文を唱える。 次第に語調が速くなり、赤い糸が激しく震え始めた。

「あ……ああっ……!」

菊香が苦悶の声を上げ、床に崩れ落ちた。見えない力に頭を地面に押し付けられているようだ。彼女は転げ回り、口から泡を吹き、白目を剥いて痙攣した。 母親である劉金霞は、心痛な面持ちで娘を一瞥したが、決して筆と口を止めなかった。

やがて菊香の動きが止まり、大の字になって荒い息を吐いた。儀式は終わった。

「お湯で拭いてやりな」

桂英が震える手で追遠の体を拭うと、灰と共に紫の手形も綺麗に消えていた。 そして、昏々と眠り続けていた李追遠が、ゆっくりと目を開けた。

「……ばあちゃん?」

「ああ、ああ! 菩薩様のおかげだ!」

劉金霞と菊香は、礼もそこそこに帰っていった。 三輪車の荷台で、劉金霞は娘の襟元をめくった。そこには青黒い痣が一周していた。

「痛むかい?」

「ママ、座っててよ。落ちちゃうよ」

「菊香や……あたしら母娘は、とことん運が悪いねぇ」

……

その夜。 李追遠は夢を見ていた。少年クラスの授業、教授、そしてトイレ。 連れションをしていたクラスメートに「お前も早くしろよ」と急かされ、ズボンを下ろしたところで目が覚めた。 危ない、漏らすところだった。 月明かりの中、隣では祖母が蒲団扇(がまうちわ)を握ったまま眠っている。 追遠はこっそり起き出し、裏口から川辺へ向かった。トイレ(通称“磁器の瓶”)は怖いが、川辺ならすぐだ。

用を足そうとした時、「ドン……ドン……ドン……」という音が聞こえた。 岸に係留してある家の船が揺れている。 風もない、波もないのに。 その音を聞いた瞬間、昼間の記憶がフラッシュバックした。黒い髪、窒息、水底の光景。 恐怖で足の力が抜け、追遠はその場にへたり込んだ。無意識に肩をさする。あの冷たい手の感触が残っている気がした。

座り込んだことで視線が低くなり、船底が見えた。

「ドン……ドン……ドン……」

水面の下に、「人」がいた。 その頭は定期的に浮き上がり、船底に頭突きをしては沈み、また浮き上がってくる。疲れを知らぬ動作で。

不意に、音が止んだ。 頭が再び浮き上がったが、今度は沈まなかった。 ゆっくりと、ゆっくりと回転し、濡れそぼった黒髪が両側へ滑り落ちる。 露わになったのは、白粉(おしろい)が溶けかけた、濃艶な女の顔。 彼女は探していたものを見つけたかのように、口角を吊り上げ、ニタリと笑った。 月光の下、その唇の赤さだけが目に刺さるほど鮮烈だった。

追遠が目をこすって再び見た時、彼女の上半身はすでに水面から出ていた。両腕を体にぴったりとつけ、直立不動の姿勢で。 追遠は悲鳴も上げられず、手足を使って這うように逃げ出した。敷居につまずきながらも家の中へ転がり込む。 振り返ると、さっきまで川の中にいたはずの小黄鶯が、もう河岸の最下段の石段に立っていた。

「ばあちゃん! ばあちゃん!」

追遠はむしろの上の桂英を揺すった。だが、祖母は蒲団扇を握ったまま、死んだように眠り続けている。

「ばあちゃん、起きてよ、起きてよ!」

「ポタ……ポタ……ポタ……」

背後から、水滴が落ちる音がした。 追遠が恐る恐る振り返る。 まず目に入ったのは、赤いハイヒール。そして、水死体特有の白く膨張した足首。 黒いチャイナドレスが体に張り付き、水滴が裾や髪から絶え間なく滴り落ちている。

彼女は、敷居の上に、直立していた。
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