糸と蜘蛛

犬若丸

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3章 死神が誘う遊園地

夢みる幸福 14

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   降りてきたピンクの熊象はマスコットの可愛らしさはなかった。片手には凶暴さを象徴する行動を携えている。
   熊象が降りると背広の男は汚物を見るような目つきで眉間に皺を寄せる。
   「俺はここでお暇させてもらおう。エマが待っている」
   「不完全な奥さんとデートですか?」
   「それも終わりにする」
   それだけを残して背広の男は去る。
   ケイはトロッコの車輪から鷲の老人を観察する。老人は上機嫌に鼻歌を弾ませながらキャストが運んできたタンカーの上で作業を始める。
   作業の内容を確認したいが、車輪に隠れていればそれができない。
   「ハッピーバースデートゥユーハッピーバースデートゥユー」
   鼻歌だった声ははっきりとした発音の歌になっていた。
   「もうすぐ兄弟が増えるねぇ。楽しみだねぇ」
   これ以上留まっても得られるものはない。ケイは諦めて清音の元に戻ろうと思い至る。振り返ればそこに清音はいなかった。
   清音がいたはずの搬入口まで駆ける。清音の臭いがする。先ほどまで確かにいた。
   「キヨネ!」
   思わず声を張り上げる。ケイの声は搬入口の暗闇に残響した。
   離れるべきではなかった。役目と清音の安全との間で宙吊りとなった状態だった。そのせいで中途半端な判断をしてしまった 。
   残響ばかりが返ってくる暗闇から後悔が押し寄せる。
   臭いはまだ新しい。追えば間に合う。
   かられた焦燥に背後から忍び寄る影にケイは気付けなかった。
   搬入口に広がる暗闇へと駆けようとした途端、黒猫の目前に透明なガラス板が阻む。
   「政蔵博士!小さな侵入者を捕えました!」
   明るいキャストの口調。ケイの身体はガラス板に阻まれたまま、地面から上昇する。4本足は地についているのに浮いたような感覚に混乱し、自身に何が起きたのか全く理解できなかった。
   「報告にあった猫か」
   ケイが名を叫んだ際、切迫した声はキャストと老人の耳に届いていた。老人の命令によってキャストは黒猫は捕え、鳥籠のようなガラスケースに囚われた。
 老人はケイを一瞥しただけで自分の作業に戻る。
   「ハッピーバースデートゥユーハッピーバースデートゥユーハッピーバースデイディアはっはっは」
   政蔵は同じ歌詞の歌を繰り返す。何がおかしくて笑い歌うのか。
   細長いタンカーに被せられたビニールのシートを剥がす。シートに覆われていたものがあらわになった。
   タンカーに乗せられていたのは成人男性であった。中肉中背の体格の傍に螺旋模様を描いた蝋燭が5本、「HAPPY BIRTHDAY 」と描かれたチョコプレートがあった。
   「何をしている?」
   ケイは落ち着いた声色でありながらガラスの板の爪で引っ掻き回す。黒猫が暴れても女性キャストはガラスケースをしっかりと抱える。
   「バースデーだよ」
   歌をやめた政蔵博士が上機嫌に声を高鳴らせる。
   「折角、誕生したというのに祝わないのは可哀想だろう?」
   成人の腹に電動ドリルを押しつけ、空いた赤黒い穴の中に蝋燭を突きたてる。
   頭上で静止していた熊象が血肉の臭いに惹かれ、低い唸り声を出す。
   「あぁ、あぁ、そうだね。甘いケーキも用意しておくんだった」
   あの唸り声は意思疎通のない空気の漏れた音だ。だというのに、博士はそこに言葉があると信じ、自分勝手に解釈する。 
   「囚われた者を解放しろ」
   ケイの訴えにネジの外れた政蔵は高らかな笑いながら一蹴する。
   「それはできない。魂収集はしばらくできないからね。夢園にある魂はバグに貯蓄させる」
   マッチを灯し、蝋燭に火を移す。
   「ハッピーバースデートゥユーハッピーバースデートゥユーハッピーバースデイディアバグ」
   政蔵は再び歌い出し、熊象にも話しかける。
   「さあ、お楽しみのご馳走だよ」
   高い所で吊り下がる熊象に話しかける声は今までにないほど高く恍惚な声色をしていた。それを待ち望んでいた熊象は両腕を上げ、腕力だけで自信を縛る鎖を引き千切る。
   体長6mの巨躯は床を振動させて着地する。そして、タンカーの蝋燭付きの成人男性の胴を鷲掴みにし、熱い蝋燭の火にも怯まず、腹に口腔へと放り込む。
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