366 / 644
4章 闇底で交わす小指
夏と秋の狭間で 5
しおりを挟む
そうまでしてついてきたと言うのに病院には入れない。
ならば、ついてこないほうがよかったのではないか。
ケイの目的は別にある。
こちらを見上げてくる黒猫の瞳は値踏みしているそれと同じもので、カンダタは堪らず目を逸らす。
「なら行こうか」
ケイの目線から逃げるようにカンダタは病院に入る。
桐 首が光弥に渡した紙には病院の住所と病室の番号、名前が書いてあった。その内容を聞いてみたが、光弥は頑なに教えようとしない。
階段を上り、渡り廊下を越える。どこからか赤子の泣き声が聞こえてくる。
なぜかその声を無視できなかったカンダタは光弥から離れ、泣き声がする病室に入る。
日差しの暖かさに包まれた病室に泣く赤子を抱えながら慌てふためく父になったばかりの男性と寝台に寝そべって見守る母になったばかりの女性がいた。
死に近い場所にある病院で赤子は必死に生きようと泣き続け、2人の親はその声に困ったり、喜んだりしている。
病院は人体の部位によって専門が分かれているらしい。カンダタが踏み入れたこの棟はこういったものを得意としているようだ。
患者も看護師も表情が明るい。新しい命を讃える笑顔だ。
出産を祝うその空気がカンダタをその場に留まらせた。その空気になじめないまま、死者であるカンダタは棟の中を彷徨い歩く。
彷徨っているうちに空気が重くなった。先程までの生きる喜びといったものはなく、これは死に近い空気だ。
重い空気の廊下に2人の男女がいた。寄り添っているので若い夫婦だと察する。
夫婦が見据えているのはガラス窓であり、その中には透明な籠。中に収まっていたのは泣くのでさえできない赤子だった。
透明な籠は映画で見たことがある。生命維持装置というものだ。それが赤子に繋がっている。生まれて日も浅い赤子は自力で呼吸すらできない。そのための装置だ。
妻は「自分のせいだ」と自責の言葉を吐き続け、夫はそれを慰めては「あの子は強い子だ」と希望を持たせようとする。
夫婦にとっても子にとっても、1日1日が辛いものだ。それこそ地獄のような日々だ。
科学・医学はカンダタが生きていた頃よりもかなり発達している。これほど進んだ現代でさえ、小さな命を救うのは困難のようだ。
カンダタは夫婦に背を向ける。
あの夫婦と同じように心が痛むのはカンダタが同じものを手に入れようとしていたからだ。
心が痛むその先にいるのはやはり紅柘榴だ。幸せそうに赤子を抱く想像を幾度も繰り返していたからだ。
るものが多ければ失うものも多い。それが生前で学んだことだとしても口に出せるほど冷酷にはなれない。
「どこ行ってたんだよ」
呆然として歩くカンダタの前に光弥が現れた。探しに来ていた。
「悪い。色々見たくなって」
心中を悟られないように頭を切り替え、笑みを作る。その笑みはどこか引きつっている。
光弥はそこに触れなかった。もともと他人の心情には興味を持たない性質だ。
「病室をつけた。こっちだ」
光弥について歩き、暫くして目的の病室に着いた。扉の横にある名札には「菅井 光」と表示されている。
桐 首は「弥の罪がある」と光弥に告げていたらしい。「光」と「光弥」2つの名前に因果関係に似たものを結んでしまう。
「俺が先に行こうか?」
病室に入ろうとしない光弥にカンダタは静かに言う。
「いや、いい」
短い返事をした光弥は僅かに震えていた。光弥がゆっくりとした歩調で病室に入り、カンダタもそれに合わせて後を歩く。
人と機械が管で繋がっていた。形状は違うが、あれも生命維持装置というものだ。
管に繋がっては少年だった。二度と目が覚めないのではないかと思わせるような死人の寝顔をしている。彼がまだ生きていると知らせているのは人工呼吸からのか細い吐息だけだ。
少年の年齢はおよそ13、14歳だろう。幼い顔立ちをしているが、光弥と同じ顔をしている。
カンダタは呆然とする青年の光弥と機械に繋がれた少年の光弥を比べて困惑する。
これが何を示しているのかカンダタにはわからない。しかし、呆然としていた光弥は「そうか」と悟ったように呟いた。
ならば、ついてこないほうがよかったのではないか。
ケイの目的は別にある。
こちらを見上げてくる黒猫の瞳は値踏みしているそれと同じもので、カンダタは堪らず目を逸らす。
「なら行こうか」
ケイの目線から逃げるようにカンダタは病院に入る。
桐 首が光弥に渡した紙には病院の住所と病室の番号、名前が書いてあった。その内容を聞いてみたが、光弥は頑なに教えようとしない。
階段を上り、渡り廊下を越える。どこからか赤子の泣き声が聞こえてくる。
なぜかその声を無視できなかったカンダタは光弥から離れ、泣き声がする病室に入る。
日差しの暖かさに包まれた病室に泣く赤子を抱えながら慌てふためく父になったばかりの男性と寝台に寝そべって見守る母になったばかりの女性がいた。
死に近い場所にある病院で赤子は必死に生きようと泣き続け、2人の親はその声に困ったり、喜んだりしている。
病院は人体の部位によって専門が分かれているらしい。カンダタが踏み入れたこの棟はこういったものを得意としているようだ。
患者も看護師も表情が明るい。新しい命を讃える笑顔だ。
出産を祝うその空気がカンダタをその場に留まらせた。その空気になじめないまま、死者であるカンダタは棟の中を彷徨い歩く。
彷徨っているうちに空気が重くなった。先程までの生きる喜びといったものはなく、これは死に近い空気だ。
重い空気の廊下に2人の男女がいた。寄り添っているので若い夫婦だと察する。
夫婦が見据えているのはガラス窓であり、その中には透明な籠。中に収まっていたのは泣くのでさえできない赤子だった。
透明な籠は映画で見たことがある。生命維持装置というものだ。それが赤子に繋がっている。生まれて日も浅い赤子は自力で呼吸すらできない。そのための装置だ。
妻は「自分のせいだ」と自責の言葉を吐き続け、夫はそれを慰めては「あの子は強い子だ」と希望を持たせようとする。
夫婦にとっても子にとっても、1日1日が辛いものだ。それこそ地獄のような日々だ。
科学・医学はカンダタが生きていた頃よりもかなり発達している。これほど進んだ現代でさえ、小さな命を救うのは困難のようだ。
カンダタは夫婦に背を向ける。
あの夫婦と同じように心が痛むのはカンダタが同じものを手に入れようとしていたからだ。
心が痛むその先にいるのはやはり紅柘榴だ。幸せそうに赤子を抱く想像を幾度も繰り返していたからだ。
るものが多ければ失うものも多い。それが生前で学んだことだとしても口に出せるほど冷酷にはなれない。
「どこ行ってたんだよ」
呆然として歩くカンダタの前に光弥が現れた。探しに来ていた。
「悪い。色々見たくなって」
心中を悟られないように頭を切り替え、笑みを作る。その笑みはどこか引きつっている。
光弥はそこに触れなかった。もともと他人の心情には興味を持たない性質だ。
「病室をつけた。こっちだ」
光弥について歩き、暫くして目的の病室に着いた。扉の横にある名札には「菅井 光」と表示されている。
桐 首は「弥の罪がある」と光弥に告げていたらしい。「光」と「光弥」2つの名前に因果関係に似たものを結んでしまう。
「俺が先に行こうか?」
病室に入ろうとしない光弥にカンダタは静かに言う。
「いや、いい」
短い返事をした光弥は僅かに震えていた。光弥がゆっくりとした歩調で病室に入り、カンダタもそれに合わせて後を歩く。
人と機械が管で繋がっていた。形状は違うが、あれも生命維持装置というものだ。
管に繋がっては少年だった。二度と目が覚めないのではないかと思わせるような死人の寝顔をしている。彼がまだ生きていると知らせているのは人工呼吸からのか細い吐息だけだ。
少年の年齢はおよそ13、14歳だろう。幼い顔立ちをしているが、光弥と同じ顔をしている。
カンダタは呆然とする青年の光弥と機械に繋がれた少年の光弥を比べて困惑する。
これが何を示しているのかカンダタにはわからない。しかし、呆然としていた光弥は「そうか」と悟ったように呟いた。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
捨てられた者同士でくっ付いたら最高のパートナーになりました。捨てた奴らは今更よりを戻そうなんて言ってきますが絶対にごめんです。
亜綺羅もも
恋愛
アニエル・コールドマン様にはニコライド・ドルトムルという婚約者がいた。
だがある日のこと、ニコライドはレイチェル・ヴァーマイズという女性を連れて、アニエルに婚約破棄を言いわたす。
婚約破棄をされたアニエル。
だが婚約破棄をされたのはアニエルだけではなかった。
ニコライドが連れて来たレイチェルもまた、婚約破棄をしていたのだ。
その相手とはレオニードヴァイオルード。
好青年で素敵な男性だ。
婚約破棄された同士のアニエルとレオニードは仲を深めていき、そしてお互いが最高のパートナーだということに気づいていく。
一方、ニコライドとレイチェルはお互いに気が強く、衝突ばかりする毎日。
元の婚約者の方が自分たちに合っていると思い、よりを戻そうと考えるが……
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる