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4章 闇底で交わす小指
望まなかったもの 9
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あたしたちが話し合っている間、キケイはつまらなそうに地べたに寝転んだり、あたしの腕をつついたりしていた。
「待たせたわね。そろそろ行くわよ」
話し合いを終え、キケイに呼びかけると嬉しそうに背中の手を伸ばし、あたしの小指を握る。
「本当に連れて行くのか?」
「置いていくとまた泣かれるわよ」
凄まじい泣き声を思い出したカンダタは眉を顰める。
カンダタが言いたいことはわかる。
お荷物を嫌うあたしが特大の荷物を連れて行こうとしている。不満よりも意外と思っていた。
「悠長にしていられないぞ」
天鳥と清音が接触する前に見つけないといけない。
あたしが頷くと小指を握るキケイの手が少しだけ強くなった。
「近くにいるわ」
一緒にいられるのは清音を見つけるまで。それまでは傍にいたいと願うのはあたしの傲慢でしかない。
それに関して、カンダタは非難しなかった。
清音の糸を辿って行くと紅梅色の肉塊に似た粒々が無造作に重なり、積まされた高い壁にあたる。
粒々の連なりをキケイは「ブドウコ」と呼んでいた。清音の糸はそのブドウコの天辺を示している。
粒は手の平サイズで、肉塊の壁もさほど高くない。登る分には問題なさそうね。
「あたしが行くからカンダタとキケイは残って」
「瑠璃が?」
壁登りはカンダタの分野で、わざわざあたしが登る必要はない。
敢えてそう言い出したのはある不安要素があるから。
「自分の子と対峙したら冷静でいられる?」
清音はブドウコの上にいる。そして、清音の腕にはカンダタの子がいる。
「障害物として捉える」とルールを決めても切り替えられない。今はまだ時間が必要だ。
あたしの質問には答えないで、代わりに苦虫を噛み潰したような顔になる。
「ルル、ル」
あたしが離れてしまうと少ない頭でも理解したキケイが小指を揺する。
「戻ってくる。カンダタもいるし、寂しくはないでしょ」
すぐにでも愚図りそうなキケイを宥める。優しく声をかけても機嫌は治らない。
「ヤァ、クッ、クソク、ヤクソ」
そう言いながらあたしの小指を上げる。
「指切りね」
キケイに見えやすいように腕を上げて、互いの小指を絡ませる。
「戻ってくる。約束よ」
キケイの機嫌は治らない。今にも泣き出してしまいそうで、それでも小指を離す。
「行ってくる」
カンダタとキケイに背を向けて、突出したブドウコに手をかける。
「憐む気持ちはわかるが、呑まれるなよ」
あたしの背に向かってカンダタが警告する。清音の二の舞を恐れている。
「もしかしたら、これが蝶男の狙いなのかも。でも母への恨みは消えてないから」
自分で言ったくせに虚しくなった。
恨みは消えたわけではないのにここに来るまで出会った子供たちを拒絶するような台詞に動揺している。
母への恨みが胎児たちの拒絶になる。そのお陰であたしは胚羊水に呑まれずにいる。
だというのに、こみ上げてくるこの感情はなんだろう?
その矛盾に目を背けた。
ブドウコの壁を登り始める。
カンダタほど速くはないけれど、壁は難なく登れた。
壁の天辺もブドウコの粒が敷きつめられていて、足で踏むとグニャリ、とした気色悪い感触が伝わる。その床には何十人もの裸体の女性が乱雑に転がっていた。
視線を上に向ければ、天井もブドウコによって埋めつくされている。
あたしは視線を戻して裸体の女性たちの中心に居座る翼を生やした人物を見遣る。天鳥たちだ。
やっぱり、接触していたわね。
天鳥は正座して、その膝を枕にして清音が安らかな寝息をたてている。彼女の手には十手が握られていた。
そして、密接して寝そべっているのは例の赤子。カンダタの話だとこっ酷く言われたようだけれど、無垢な寝顔をしているその子から罵詈雑言が出るようには見えない。
あたしはブドウコの上を踏み出して天鳥たちに歩み寄る。
「1人、だね」
天鳥があたしを一瞥すると清音へと目線を落とし、髪を撫でる。
「この子が目を覚ましたら僕の代わりに礼を言っておいてくれ。この子のお陰で目的のものが手に入った」
そう言うと指は髪から頬に移る。天鳥の指は冷たいのか清音は小さく呻いて、顔を逸らす。指先の冷たい体温にも清音は起きなかった。
「天鳥じゃないわね」
仕草も口調も天鳥のものじゃない。
確信を持って問うと天鳥が顔を上げる。首筋から黒蝶の模様がゆらゆらとはためく。
天鳥の格好をしたそいつは天鳥じゃできない満面の笑みをあたしに向ける。嫌味が含まれたその笑みを知っている。
間違いなく、こいつは蝶男ね。
「待たせたわね。そろそろ行くわよ」
話し合いを終え、キケイに呼びかけると嬉しそうに背中の手を伸ばし、あたしの小指を握る。
「本当に連れて行くのか?」
「置いていくとまた泣かれるわよ」
凄まじい泣き声を思い出したカンダタは眉を顰める。
カンダタが言いたいことはわかる。
お荷物を嫌うあたしが特大の荷物を連れて行こうとしている。不満よりも意外と思っていた。
「悠長にしていられないぞ」
天鳥と清音が接触する前に見つけないといけない。
あたしが頷くと小指を握るキケイの手が少しだけ強くなった。
「近くにいるわ」
一緒にいられるのは清音を見つけるまで。それまでは傍にいたいと願うのはあたしの傲慢でしかない。
それに関して、カンダタは非難しなかった。
清音の糸を辿って行くと紅梅色の肉塊に似た粒々が無造作に重なり、積まされた高い壁にあたる。
粒々の連なりをキケイは「ブドウコ」と呼んでいた。清音の糸はそのブドウコの天辺を示している。
粒は手の平サイズで、肉塊の壁もさほど高くない。登る分には問題なさそうね。
「あたしが行くからカンダタとキケイは残って」
「瑠璃が?」
壁登りはカンダタの分野で、わざわざあたしが登る必要はない。
敢えてそう言い出したのはある不安要素があるから。
「自分の子と対峙したら冷静でいられる?」
清音はブドウコの上にいる。そして、清音の腕にはカンダタの子がいる。
「障害物として捉える」とルールを決めても切り替えられない。今はまだ時間が必要だ。
あたしの質問には答えないで、代わりに苦虫を噛み潰したような顔になる。
「ルル、ル」
あたしが離れてしまうと少ない頭でも理解したキケイが小指を揺する。
「戻ってくる。カンダタもいるし、寂しくはないでしょ」
すぐにでも愚図りそうなキケイを宥める。優しく声をかけても機嫌は治らない。
「ヤァ、クッ、クソク、ヤクソ」
そう言いながらあたしの小指を上げる。
「指切りね」
キケイに見えやすいように腕を上げて、互いの小指を絡ませる。
「戻ってくる。約束よ」
キケイの機嫌は治らない。今にも泣き出してしまいそうで、それでも小指を離す。
「行ってくる」
カンダタとキケイに背を向けて、突出したブドウコに手をかける。
「憐む気持ちはわかるが、呑まれるなよ」
あたしの背に向かってカンダタが警告する。清音の二の舞を恐れている。
「もしかしたら、これが蝶男の狙いなのかも。でも母への恨みは消えてないから」
自分で言ったくせに虚しくなった。
恨みは消えたわけではないのにここに来るまで出会った子供たちを拒絶するような台詞に動揺している。
母への恨みが胎児たちの拒絶になる。そのお陰であたしは胚羊水に呑まれずにいる。
だというのに、こみ上げてくるこの感情はなんだろう?
その矛盾に目を背けた。
ブドウコの壁を登り始める。
カンダタほど速くはないけれど、壁は難なく登れた。
壁の天辺もブドウコの粒が敷きつめられていて、足で踏むとグニャリ、とした気色悪い感触が伝わる。その床には何十人もの裸体の女性が乱雑に転がっていた。
視線を上に向ければ、天井もブドウコによって埋めつくされている。
あたしは視線を戻して裸体の女性たちの中心に居座る翼を生やした人物を見遣る。天鳥たちだ。
やっぱり、接触していたわね。
天鳥は正座して、その膝を枕にして清音が安らかな寝息をたてている。彼女の手には十手が握られていた。
そして、密接して寝そべっているのは例の赤子。カンダタの話だとこっ酷く言われたようだけれど、無垢な寝顔をしているその子から罵詈雑言が出るようには見えない。
あたしはブドウコの上を踏み出して天鳥たちに歩み寄る。
「1人、だね」
天鳥があたしを一瞥すると清音へと目線を落とし、髪を撫でる。
「この子が目を覚ましたら僕の代わりに礼を言っておいてくれ。この子のお陰で目的のものが手に入った」
そう言うと指は髪から頬に移る。天鳥の指は冷たいのか清音は小さく呻いて、顔を逸らす。指先の冷たい体温にも清音は起きなかった。
「天鳥じゃないわね」
仕草も口調も天鳥のものじゃない。
確信を持って問うと天鳥が顔を上げる。首筋から黒蝶の模様がゆらゆらとはためく。
天鳥の格好をしたそいつは天鳥じゃできない満面の笑みをあたしに向ける。嫌味が含まれたその笑みを知っている。
間違いなく、こいつは蝶男ね。
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