糸と蜘蛛

犬若丸

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1章 神様が作った実験場

彼女の日常について 6

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 電車は事故もなくいつも通り発進した。車内の背もたれに身体を預けて車輪の回る音と流れる雨音を聞く。
 時折、車内はゆりかごになる。黄昏ているだけなのに瞼が重い。車輪の子守唄を聞いているうちに眠りに落ちていた。
 暗闇に身体が一つ。手首から伸びる一本の白い糸。いつもの夢ね。
 周囲の赤い糸を無視して、手首の白い糸を辿る。
 いつもいつも、あたしはこの糸を辿る。なぜか辿る。誰かがあたしの身体を操っているみたいに。あたしの意志は弱くなっていて代わりに誰かがあたしを動かす。そして、着くのはいつも同じ場所。
 荒廃した世界であたしは進まない電車の中にいた。
 割れた車窓から強風が吹いていて、舞い上がった埃や砂が車内に入り込み、視界を悪くさせていた。風が作る砂の壁の向こうに一人の男が立っている。
 人が食べられる夢をたくさん見てきたけれど、あんな古風の人は初めて。
 黒い浴衣、かしら?長着の裾をたくし上げて、帯に織り込んでいる。祭りで見かける恰好に似ている。でも身なりが汚い。不摂生な髪もボロ切れ当然の浴衣も好意は持てない。それよりも不気味に思ったのは瞳だ。不吉な赤い色をしていた。
 赤い眼であたしをじっと見つめ返してくるものだから、こちらが見えているんじゃないのかと、不安になってしまう。今までこんなことはなかった。
 困惑の最中、疾風が吹いて流れる砂の量が増える。感覚がないとわかっていても急に吹いた砂嵐に目を閉じてしまう。
 目を閉じたのはほんの一瞬で、その内に風は止んで地獄の風景は消えていた。
 瞼をあげてみると別の世界が広がる。
 ここは蓮と水平線の世界?また?
 なんだろう、この感覚。おかしなことが続いている。
 背後に気配を感じて振り返る。目の前には鬼がいた。でも、奇妙な鬼だった。角の先から足のつま先までシミ一つない純白の色をしていた。
 色が違っても剥き出された牙と鋭い鉤爪、2mの巨躯。これらの恐怖は拭えない。
 しかも、あたしが見えているようで黒い瞳の目線はあたしに合せて揺らいでいる。
 逃避という2文字が浮かぶ。牙が喉に届く前に走れと本能が叫ぶ。
「こんにちは鬼さん。前の夢であたしを呼んだのはあなた?」
 敢えて、本能に逆らった。冷静に沈着に対応しよう。大丈夫、牙も鉤爪も敵意のある動きをしていない。
 白い鬼が腰を下ろして目線を下げる。あたしとの対話を望んでいるような、そんな姿勢だった。
 「この夢を見せているのはあなた?」
 なんでもいいから聞いてみる。相手が対話を望むなら異形なその鬼にも話をみてみよう。どうせ夢の中だから、何をしても許される。
 「何で白いの?」
 白いそいつはどの質問にも首を傾げるだけで返答がない。犬と会話をしているみたい。
 「つまんない夢。早く覚めてほしいわ」
 それを聞くと鬼は何か慌てるように首を横に振ると、鋭い爪を一本立てて、とある方向を差す。
 なんとなく、示された方向を向いてみると何もない。蓮と水平線があるだけ。その方向に行けって言うの?
 白い鬼の顔色を窺ってみても、鬼の表情なんてわかる筈がない。
 従ってみよう。
 あたしは気まぐれに歩き始める。
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