糸と蜘蛛

犬若丸

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1章 神様が作った実験場

邂逅するまで 4

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 あたしの怒りはあの一瞬で過ぎ去って、代わりに出たのは嘲笑だった。
「綺麗な飾りね」
 蛇のいやらしい笑みを貼り付けてあたしは言い放った。
 山崎は顔を赤くさせて荒々しくあたしの手を払い、頬を打った。
 「あんたイカれてる」
 山田ははそれだけを言い残して去って行く。
 イカれてる。違う。あっちが金を巻き上げようとしたから抵抗しただけ。あたしはまだ正常なはず。
 ぼんやりと考えていると沈黙を守っていた白い鬼があたしの前に現れる。慰めるように鼻先を打たれた頬に当てる。心配しているようだった。
 「まさか、幻覚に心配されるなんてね」
 頭を下げたまま目線を上げる。大丈夫なのかと聞いているような目線。
 こんな巨体で悍ましい姿をしているのに小心者みたいな身振りをされると笑いが吹き出してしまう。
 「馬鹿ね」
 からかわれたと察した白い鬼は眉を寄せて唸り声を鳴らす。
 「悪かったわよ」
 自然と笑う自分がいる。あれほど関わりたくないと嫌厭していたのにこいつには親しみやすさがあった。
 「あんたってほんとにあたしの幻覚?何か目的があって現れてんじゃないの?例えば、あんたにかけてある呪いをあたしが解く、とか」
 白い鬼は怒るのを止めて首を傾げる。自身のことなのにわからないらしい。返答は期待していなかったけど。
 「行くわよハク」
 方向転換して先を行くも白い鬼はまた首を傾げる。
 「あんたのことよ、ハク。どうせ名前がないんならなんて呼ばれたっていいでしょ」
 命名されたのが嬉しいのか、ハクはスキップするようにあたしの後ろをついてくる。
 悩んだ結果、本屋に行くことにした。雨の中の寄り道はしたくなかったけれど、少しだけ治まったあたしの機嫌は本屋へと向かわせていた。
   目的のレシピ本を鞄の中に押し込み、本屋から出ると小腹が空いてきたのでコンビニにも寄って150円のチキンとメロンパンを購入する。
 チキンの封を切って、熱々で芳ばしい鶏肉を口に含む。サクサクの衣に肉汁たっぷりのチキン。噛むほどに熱さと旨みが口いっぱいに広がった。
 短い至福を味わっていると匂いに魅かれたハクが興味津々にチキンを見つめる。あたしがおいしそうに食べるから気になって仕方がないのね。
 「あげようか?」
 いじわるをするつもりで差し出す。どうせ、物には触れられないのだから、噛もうとしたところで空回りするだけ。
 そのことを忘れているハクは目を輝かせてチキンへと口を広げる。ニヤニヤとその様子を見守ろうとしたけれど、結末は意外なものだった。
 口の先端は器用に肉の端を噛んで包装紙だけを残して引き抜く。一口で食べてしまったチキン。この上ない喜びに満たされてハクは幸せな息を吐く。
 チキンを食べられてしまった。いや、それよりも食べられたことに驚きを隠せない。
 あたしに突進してきたときもそうだった。ハクはあたしには触れられるみたい。なら、このチキンは?法則があるのかしら。
 チキンは惜しいけれどそれはまた別の時に買えばいいだけ。あたしにはまだメロンパンがある。
 最近のメロンパンは生クリーム入りメロンパンが目立つようになった。取り敢えず、女性が好きそうなものを入れればいいという安易な発想は気に入らないけれど、つい手を出してしまうのはあたしもクリーム入りメロンパンを憎めないから。悔しくても手に取ってしまう。
 罪深いクリーム入りメロンパンにもハクは目を光らせたけれどこれだけは譲れない。
 「あんたにはもうやったでしょ」
 残念そうに眉を垂らすもそこまでの執着はなく、すぐに諦めてくれた。
 メロンパンを頬張りながら雨の街を歩く。駅が近くなっていくうちに、駅の入口近くで人が集まって騒いでいる。その中には警官姿の人もいる。
食べかけのメロンパンを鞄に押し込んで、騒ぎの横を通る。あたしには関係ないと思いつつも流し目で騒ぎの原因を突き止めようとする。
 「なんで!私が!悪人扱いなのよ!」
 「だからね、公の場で許可のない宣伝活動は」
 「私を疑っているのね!」
 「メガホンをこっちに向けないで下さい!」
 言い争いをしているのは警官と中年の女性で、その顔には覚えがあった。
   あたしが行きの電車で乗る駅にいた。毎朝、怪しい宗教活動をしている人だわ。警官が職務質問したらヒステリックになったらしいわね。
 女性は警官と野次馬に指を差して叫ぶ。
 「悪人だったらたくさんいるじゃない!あいつもあいつも!なんで私が責められるのよ!」
 「一旦落ち着きましょう!」
 彼女の怒声は改札を抜けてもよく聞こえてきた。
 これで捕まってくれれば明日の朝は静かになるのに。
そんなことを考えてホームを降りる階段で立ち止まる。ひらひらとあたしの前を横切る黒い虫がいた。最近見かけるようになったわね。
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