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1章 神様が作った実験場
邂逅するまで 10
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階段から落ちる前のあたしは誰もいない静寂を望んでいた。まさに、ここのようなあたしだけがいる世界。まぁ、全くないわけじゃないんだけど。
それに、何か物足りない。あたしが望んだものなのに、なぜか虚しさがあった。
そうか。ここには娯楽がないのね。まぁ、地獄だから当然か。
人生を達観しているあたしでも一応、趣味はある。それができないのはあたしというアイデンティティがなくなってしまうような不安があった。だからといって現世に戻りたいかとなるとそれもまた渋ってしまう。
不意にあたしの背中をハクが小突く。
「そう言えば、あんたもいたわね」
こいつがついてくる限り、あたしの理想郷は存在しない。
ハクはあたしの心情も知らずに服の襟を加えて引っ張る。どこかへ連れて行かせようとしているのかしら。さっきは先立って置いて行ったくせに。
あたしは休みたいのよ。いつでもあんたに付き合うと思わないでよ。
どこにも行かないと決意してハクの主張を無視する。これは根気勝負だ。ハクが諦めるかあたしの忍耐が絶えるかの勝負。負けるつもりはない。
長期戦を覚悟しているとハクがあっさりと襟を放す。今までの行動から推測するとハクはしつこい性格をしている。この潔さは不自然ね。
振り返ってみれば、ハクは牙を剥き出し、威嚇の体勢をしていた。牙が向いた先は屋根の上。
屋根の上を乱暴的な足取りで鳴らしている者がいた。屋根を踏むたびにトタン製の板は大きく揺れるものだから穴が空くのではないかと心配になる。古く錆びていたからなおさらだ。
足音はあたしの真上を通り、線路側へと着く。そして、途絶える。
その正体は推測しなくてもわかる。地獄には人以外にもあいつらいたんだった。
あたしは反対側の線路へと走った。ホームから降りるとその下に潜る。低く狭いホーム下の溝は隠れ家になるには不安定だった。
溝がつくった陰に沿って身体を横に置いても隅に寄せても鬼の手が届いてしまう。もし、逃げる姿を見られていたら?見つかったら?
あたしができるのは息を殺して脅威が去るのを待つだけ。
コンクリートの縁から鬼の足先が覗いてくる。荒い鼻息をたててあたしの匂いを辿る。居場所は知られていない。けれど、あたしは鬼の真下にいる。すぐに臭いのもとに気付いてしまう。
臭いの糸を辿る鬼はいよいよ線路へと降りた。黒く、細い脚が2本、目前に降りた。
心臓が強く脈打つ。呼吸は激しくなる。なるべく呼吸音が聞こえないように手で鼻口を抑える。
どこだどこだと鬼が隠れた子供を探している。
これがごっこ遊びならよかったのに。遊びに命を懸けるなんて、笑えないわ。
黒い脚が左へ右へと移動するもあたしの前からはいなくなったりはしなかった。獲物が近くにいる。鬼は確信していた。
実際にそれは正しい。あたしは諦めの境地に立っていた。そこにたつと自らを達観できる。
傷つくことも傷つけることも恐れなかった。なのに、あの牙であの鉤爪で引き裂かれる途方もない激痛に怯える。
それは当たり前の感情だった。
鼻の先端が溝の下を探る。さらに姿勢を下げて飢えた金色の目はあたしと合う。
いよいよだ。大丈夫、死にはしない、もう死んでいるんだから。平気よ。想像もつかないほどの痛みを耐えれば。
獲物を発見した鬼は涎塗れのその口であたしを食らおうとする。尖った上下の歯が何度も噛みあってガチガチと空気を食う。
この鬼は頭が足りないようね。溝の下に舌を伸ばしても短い鼻先と顎ではあたしには届かない。
涎の臭い、大きな牙、金属的な吠え声。間近で実感するそれらはパニックを呼んだ。パニックは理性も冷静も引き剥がして涙だけが残される。
それに、何か物足りない。あたしが望んだものなのに、なぜか虚しさがあった。
そうか。ここには娯楽がないのね。まぁ、地獄だから当然か。
人生を達観しているあたしでも一応、趣味はある。それができないのはあたしというアイデンティティがなくなってしまうような不安があった。だからといって現世に戻りたいかとなるとそれもまた渋ってしまう。
不意にあたしの背中をハクが小突く。
「そう言えば、あんたもいたわね」
こいつがついてくる限り、あたしの理想郷は存在しない。
ハクはあたしの心情も知らずに服の襟を加えて引っ張る。どこかへ連れて行かせようとしているのかしら。さっきは先立って置いて行ったくせに。
あたしは休みたいのよ。いつでもあんたに付き合うと思わないでよ。
どこにも行かないと決意してハクの主張を無視する。これは根気勝負だ。ハクが諦めるかあたしの忍耐が絶えるかの勝負。負けるつもりはない。
長期戦を覚悟しているとハクがあっさりと襟を放す。今までの行動から推測するとハクはしつこい性格をしている。この潔さは不自然ね。
振り返ってみれば、ハクは牙を剥き出し、威嚇の体勢をしていた。牙が向いた先は屋根の上。
屋根の上を乱暴的な足取りで鳴らしている者がいた。屋根を踏むたびにトタン製の板は大きく揺れるものだから穴が空くのではないかと心配になる。古く錆びていたからなおさらだ。
足音はあたしの真上を通り、線路側へと着く。そして、途絶える。
その正体は推測しなくてもわかる。地獄には人以外にもあいつらいたんだった。
あたしは反対側の線路へと走った。ホームから降りるとその下に潜る。低く狭いホーム下の溝は隠れ家になるには不安定だった。
溝がつくった陰に沿って身体を横に置いても隅に寄せても鬼の手が届いてしまう。もし、逃げる姿を見られていたら?見つかったら?
あたしができるのは息を殺して脅威が去るのを待つだけ。
コンクリートの縁から鬼の足先が覗いてくる。荒い鼻息をたててあたしの匂いを辿る。居場所は知られていない。けれど、あたしは鬼の真下にいる。すぐに臭いのもとに気付いてしまう。
臭いの糸を辿る鬼はいよいよ線路へと降りた。黒く、細い脚が2本、目前に降りた。
心臓が強く脈打つ。呼吸は激しくなる。なるべく呼吸音が聞こえないように手で鼻口を抑える。
どこだどこだと鬼が隠れた子供を探している。
これがごっこ遊びならよかったのに。遊びに命を懸けるなんて、笑えないわ。
黒い脚が左へ右へと移動するもあたしの前からはいなくなったりはしなかった。獲物が近くにいる。鬼は確信していた。
実際にそれは正しい。あたしは諦めの境地に立っていた。そこにたつと自らを達観できる。
傷つくことも傷つけることも恐れなかった。なのに、あの牙であの鉤爪で引き裂かれる途方もない激痛に怯える。
それは当たり前の感情だった。
鼻の先端が溝の下を探る。さらに姿勢を下げて飢えた金色の目はあたしと合う。
いよいよだ。大丈夫、死にはしない、もう死んでいるんだから。平気よ。想像もつかないほどの痛みを耐えれば。
獲物を発見した鬼は涎塗れのその口であたしを食らおうとする。尖った上下の歯が何度も噛みあってガチガチと空気を食う。
この鬼は頭が足りないようね。溝の下に舌を伸ばしても短い鼻先と顎ではあたしには届かない。
涎の臭い、大きな牙、金属的な吠え声。間近で実感するそれらはパニックを呼んだ。パニックは理性も冷静も引き剥がして涙だけが残される。
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