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6章 盤上の外で蜘蛛喰い蝶は笑う
孤独な家の中 10
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考えを巡らせながら寝室を出て、廊下の中心に立つと目に入るのはゴミ部屋の扉だ。
ひと通りの考えがまとまると扉を開けた。悪臭が満ちたゴミ部屋はカンダタを退かせる。
その中心にいるのは醜くなった紅柘榴だ。寝室の紅柘榴よりも彼女のほうが心揺らぐ。それは黒蝶のせいではなく、想う気持ちからくるものだ。痩せ細くなった指や頬がカンダタに罪悪感を植え付けてける。
そうした感情を切り離す。無情で冷徹な人間を演じる。
ゴミ山をかき分け、近くで紅柘榴を見下ろす。彼女はすすり声を漏らしながら包丁で得体の知れないものを切っている。
カンダタは膝をついた。すると、紅柘榴がこちらを見る。彼女もカンダタを襲ってくるだろう。その前に包丁を奪いたい。
そうした敵意を感じ取った紅柘榴はすすり声から奇声に変わり、カンダタに覆い被さってくる。
その動きを予測していたカンダタは彼女をいなしながら包丁を持つ手首を掴む。床に転倒させ、手首を捻ればあっさりと包丁を離した。
すぐに包丁を拾い、床に倒れた紅柘榴の背に向けて振り下ろした。
「いたい、いたいいたい。やめて、抜いていたい」
悶え這いながら逃げようとする紅柘榴にカンダタは包丁の柄を強く握り、抉りながら回す。
更に悲鳴は高くなる。しかし、それは怒気を含めた金切り声に変わり、肩幅は膨らみ、顔の輪郭は野獣になる。
包丁を抜き、後退するも腰がゴミ山にぶつかり、鬼との距離が取れない。
鬼は立ち上がる。背には刺された包丁の跡がある。
「どうして」
振り向き様に鬼が呟く。紅柘榴の声を使っていた。
偽物に返す言葉をカンダタは持たない。
涎を待ち切らしながら鬼が跳ぶ。こちらを覆い被ってくるようだ。
その瞬間、カンダタの内側にあったのは疼きであった。甘く心地良い疼きに密かな高揚が確かにあった。
鬼の金切り声が上がる。そこに重ねて聞こえてきたのは雄叫び。自分のものだと認識していたが、どこか他人事に聞こえた。
本能に従い、鬼の喉を切り咲く。そこから溢れる香ばしい匂い。涎が顎から垂れる。
返り血が唇に当たり、それを舐めとった。やはり甘い。
鬼の頭を鷲掴みにし、筋力の失った首を切り落とそうと包丁を差し入れる。刃こぼれした包丁では鬼の硬い皮や肉を切るのは難しく、やけになって力強く無理に差し込もうとした。
それが良くなかったのだろう。包丁の刃は折れ、2つに分かれた。
小さな衝撃は全身に広がり、疼いた熱が一気に冷めた。
カンダタは血溜まりの中に立っていた。血は鬼から流たものであり、鬼の残骸はカンダタの手によって一部破損している。
鬼は既に死んでいた。覆い被さった時、カンダタが心臓をひと突きしたのだ。それで終わりのはずだったが、高ぶった熱はなかなか下がらず、鬼の死体を楽しみながら解体していた。
人道とは言えない行為だ。カンダタにそうした趣向はない。
床に転がった珠を見つめる。黄色に「舌」の字が刻まれている。拾ってみればまた塵となって消えた。
塵となった様子を見終わり、早足でゴミ部屋を出る。悪臭が気にならなくなっていたが、鬼の、あの甘い匂いを出す血がカンダタを狂わせようとしていた。
階段を降りる途中で脚の力が抜け、カンダタはその場に座り込んだ。
紅柘榴の泣きながら「どうして」と嘆く声が頭から離れない。
壁に頭をぶつければ忘れられるだろうか。
馬鹿げた発想だ。なのにカンダタは壁に何度も頭を打つ。甘い匂いとすすり声が消えない。
罪を意識しているからぶっているのではない。高揚してしまう自分が恐ろしいのだ。
寝室でもゴミ部屋でもカンダタは楽しんでいた。紅柘榴の痛みで歪む声色でさえ、興奮させた。
人格が歪まされている。そんな感覚がある。
自覚があるのに黒蝶の本能に抗えない。
強打する頭を止めると背を丸め、頭を守るように腕の中に隠す。次第に全身が震えだす。
蓋をしていた感情が爆発しそうだ。
紅柘榴を手にかけたと錯覚してしまうからか、それとも容赦ない暴行をする自分が恐ろしいのか、あれを他の部屋でもやり遂げなければならない憂鬱か。兎に角、カンダタは混乱し、子供のように自分の身を守っていた。
あと3部屋も残っている。浴室に暗闇の部屋に開かずの部屋。
惑わされまいと強く思い願うが、黒蝶はそんなものを関係なく渇きを訴える。孤独な上に狂う人格。耐えられる自信がない。
こんな思いになるなら紅柘榴に殺されたほうがいい。一時でも陽だまりの夢を見れる。それだけでこの家に留まる理由になる。
暖かい日差しに包まれ、笑う紅柘榴と子供。成長を共に喜ぶ夢。現実にはなくともここではその夢が見れる。
そうした誘惑をうち消すようにカンダタは今までよりも強く頭を打ち、強く思い込む。
あれは鬼だ。夢想を抱くな。
どの部屋にも偽者の紅柘榴がいる。偽りのものに惑わされない。
ひと通りの考えがまとまると扉を開けた。悪臭が満ちたゴミ部屋はカンダタを退かせる。
その中心にいるのは醜くなった紅柘榴だ。寝室の紅柘榴よりも彼女のほうが心揺らぐ。それは黒蝶のせいではなく、想う気持ちからくるものだ。痩せ細くなった指や頬がカンダタに罪悪感を植え付けてける。
そうした感情を切り離す。無情で冷徹な人間を演じる。
ゴミ山をかき分け、近くで紅柘榴を見下ろす。彼女はすすり声を漏らしながら包丁で得体の知れないものを切っている。
カンダタは膝をついた。すると、紅柘榴がこちらを見る。彼女もカンダタを襲ってくるだろう。その前に包丁を奪いたい。
そうした敵意を感じ取った紅柘榴はすすり声から奇声に変わり、カンダタに覆い被さってくる。
その動きを予測していたカンダタは彼女をいなしながら包丁を持つ手首を掴む。床に転倒させ、手首を捻ればあっさりと包丁を離した。
すぐに包丁を拾い、床に倒れた紅柘榴の背に向けて振り下ろした。
「いたい、いたいいたい。やめて、抜いていたい」
悶え這いながら逃げようとする紅柘榴にカンダタは包丁の柄を強く握り、抉りながら回す。
更に悲鳴は高くなる。しかし、それは怒気を含めた金切り声に変わり、肩幅は膨らみ、顔の輪郭は野獣になる。
包丁を抜き、後退するも腰がゴミ山にぶつかり、鬼との距離が取れない。
鬼は立ち上がる。背には刺された包丁の跡がある。
「どうして」
振り向き様に鬼が呟く。紅柘榴の声を使っていた。
偽物に返す言葉をカンダタは持たない。
涎を待ち切らしながら鬼が跳ぶ。こちらを覆い被ってくるようだ。
その瞬間、カンダタの内側にあったのは疼きであった。甘く心地良い疼きに密かな高揚が確かにあった。
鬼の金切り声が上がる。そこに重ねて聞こえてきたのは雄叫び。自分のものだと認識していたが、どこか他人事に聞こえた。
本能に従い、鬼の喉を切り咲く。そこから溢れる香ばしい匂い。涎が顎から垂れる。
返り血が唇に当たり、それを舐めとった。やはり甘い。
鬼の頭を鷲掴みにし、筋力の失った首を切り落とそうと包丁を差し入れる。刃こぼれした包丁では鬼の硬い皮や肉を切るのは難しく、やけになって力強く無理に差し込もうとした。
それが良くなかったのだろう。包丁の刃は折れ、2つに分かれた。
小さな衝撃は全身に広がり、疼いた熱が一気に冷めた。
カンダタは血溜まりの中に立っていた。血は鬼から流たものであり、鬼の残骸はカンダタの手によって一部破損している。
鬼は既に死んでいた。覆い被さった時、カンダタが心臓をひと突きしたのだ。それで終わりのはずだったが、高ぶった熱はなかなか下がらず、鬼の死体を楽しみながら解体していた。
人道とは言えない行為だ。カンダタにそうした趣向はない。
床に転がった珠を見つめる。黄色に「舌」の字が刻まれている。拾ってみればまた塵となって消えた。
塵となった様子を見終わり、早足でゴミ部屋を出る。悪臭が気にならなくなっていたが、鬼の、あの甘い匂いを出す血がカンダタを狂わせようとしていた。
階段を降りる途中で脚の力が抜け、カンダタはその場に座り込んだ。
紅柘榴の泣きながら「どうして」と嘆く声が頭から離れない。
壁に頭をぶつければ忘れられるだろうか。
馬鹿げた発想だ。なのにカンダタは壁に何度も頭を打つ。甘い匂いとすすり声が消えない。
罪を意識しているからぶっているのではない。高揚してしまう自分が恐ろしいのだ。
寝室でもゴミ部屋でもカンダタは楽しんでいた。紅柘榴の痛みで歪む声色でさえ、興奮させた。
人格が歪まされている。そんな感覚がある。
自覚があるのに黒蝶の本能に抗えない。
強打する頭を止めると背を丸め、頭を守るように腕の中に隠す。次第に全身が震えだす。
蓋をしていた感情が爆発しそうだ。
紅柘榴を手にかけたと錯覚してしまうからか、それとも容赦ない暴行をする自分が恐ろしいのか、あれを他の部屋でもやり遂げなければならない憂鬱か。兎に角、カンダタは混乱し、子供のように自分の身を守っていた。
あと3部屋も残っている。浴室に暗闇の部屋に開かずの部屋。
惑わされまいと強く思い願うが、黒蝶はそんなものを関係なく渇きを訴える。孤独な上に狂う人格。耐えられる自信がない。
こんな思いになるなら紅柘榴に殺されたほうがいい。一時でも陽だまりの夢を見れる。それだけでこの家に留まる理由になる。
暖かい日差しに包まれ、笑う紅柘榴と子供。成長を共に喜ぶ夢。現実にはなくともここではその夢が見れる。
そうした誘惑をうち消すようにカンダタは今までよりも強く頭を打ち、強く思い込む。
あれは鬼だ。夢想を抱くな。
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