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6章 盤上の外で蜘蛛喰い蝶は笑う
目覚めて夢の中 10
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門を通り、玄関ドアを開けようとドアノブを掴もうとして止めた。
今のカンダタは幽体であり、現世の物体には触れられない。
閉じたドアの前で一歩踏み出せば、脚はドアをすり抜けて家に侵入できた。
岡本宅は昼間だというのに日差しを遮断しており、どことなく不気味であった。玄関はサンダルと清音が履いていた革靴、男性用の革靴があった。
清音に兄弟姉妹はいなかったはずだ。ならば、この家には3人家族が揃っている。
土足で家に上がる。
家族が揃っているのにこの家は無人のように静寂だ。人がいるとすれば居間だろう。
カンダタは清音の姿を見失っていた。なのに迷いもなくこの家に到着できた。
意識していないところでに操られているようだ。
迷って立ち止まるのも恐ろしかった。一度止まればあの音が聞こえてくる。
皮膚を破き、肉を噛んで血を滴る。カンダタにしか聞こえないあの音。背後から聞こえてくるそれを振り返って確認しようとしなかった。幻覚・幻聴に惑わされないようにする為の僅かな抵抗だ。
居間は新鮮な血の匂いで満ちていた。
主婦は食卓の椅子に座り、首の脈が切れており、力尽きた手には血まみれの包丁が握られている。
彼女の足元にはスーツを着た男性が転がっている。食卓の角で何度も強く打ったのであろう。角に血と肉がこびりついている。
この2人は清音の両親だろう。
どちらも衣服は整えられ、傷もない。抵抗した跡がない。だからといって自殺というのもおかしい。
「あれ、何してるの?」
そこには死体がないかのような明るい振る舞いで清音が声をかけてきた。
彼女はソファーに座って電源のついていないテレビを見ている。
「いらっしゃい。来るって伝えてくれればお茶菓子用意したのに」
ソファーから立ち上がり、台所へと移動する。
「家の中、片付けてないから散らかってて、恥ずかしいな」
そう言いながら冷蔵庫を開けようとするが、彼女の幽霊だ。冷蔵庫のドアを開けられない。
「おかあさん、お茶菓子ない?」
触れられない冷蔵庫を触れようと何度も挑戦しながらもう生きていない人に声をかける。
先程から彼女は何を言っているのだろうか。食卓にあるものが見えていないのだろうか。
「え、戸棚?あ、あった。ありがとうお母さん」
「なんで殺した?」
独り言のようにしか聞こえないそれに堪らずカンダタは口を挟む。
清音は何を指摘されたのかわかっていないようだった。
首を切った母親。頭を打った父親。自殺にしては異様だ。どちらの死に方も苦痛を伴う。自殺するならもっと楽な道を選ぶ。
カンダタが2人の遺体を眺めていると質問を理解したようだった。
「瑠璃が言ったの」
思ってもいない人物の名が上がり、カンダタは瞠目する。
「両親に恵まれているからあんたにはわからないって。酷いよね」
同意を求められても到底理解できない。
「清音には気持ちが理解できない、と瑠璃が言ったのか?」
カンダタなりに要約してみたが、清音は違うと首を振る。
「私と瑠璃は違いがあるんだよ。でもこれで揃った」
清音を見て、夫婦を見て、次に何か喋ろうとするが、何も浮かばず、口は中途半端に開く。
「同じ学校で、同じ年齢で、同じクラスで、両親もいない。こんなに“同じもの”があるんだから私も瑠璃になれるんだよ」
どこが、何が、と問い詰めてやりたかったが、清音に何を尋ねも的外れな回答されるだけだ。
両親を殺害した動機さえも理解できない。
来客に出す茶菓を出したくても清音は現世の人ではなくなった。現世に干渉することができなくなった。
それに対して彼女は怒りも悲しみもなく、あっさりと諦めて台所を出ると唖然となるカンダタを横切り、庭が見える大窓のそばに立つ。
振り返った清音の微笑みは蝶男に似ていた。
今のカンダタは幽体であり、現世の物体には触れられない。
閉じたドアの前で一歩踏み出せば、脚はドアをすり抜けて家に侵入できた。
岡本宅は昼間だというのに日差しを遮断しており、どことなく不気味であった。玄関はサンダルと清音が履いていた革靴、男性用の革靴があった。
清音に兄弟姉妹はいなかったはずだ。ならば、この家には3人家族が揃っている。
土足で家に上がる。
家族が揃っているのにこの家は無人のように静寂だ。人がいるとすれば居間だろう。
カンダタは清音の姿を見失っていた。なのに迷いもなくこの家に到着できた。
意識していないところでに操られているようだ。
迷って立ち止まるのも恐ろしかった。一度止まればあの音が聞こえてくる。
皮膚を破き、肉を噛んで血を滴る。カンダタにしか聞こえないあの音。背後から聞こえてくるそれを振り返って確認しようとしなかった。幻覚・幻聴に惑わされないようにする為の僅かな抵抗だ。
居間は新鮮な血の匂いで満ちていた。
主婦は食卓の椅子に座り、首の脈が切れており、力尽きた手には血まみれの包丁が握られている。
彼女の足元にはスーツを着た男性が転がっている。食卓の角で何度も強く打ったのであろう。角に血と肉がこびりついている。
この2人は清音の両親だろう。
どちらも衣服は整えられ、傷もない。抵抗した跡がない。だからといって自殺というのもおかしい。
「あれ、何してるの?」
そこには死体がないかのような明るい振る舞いで清音が声をかけてきた。
彼女はソファーに座って電源のついていないテレビを見ている。
「いらっしゃい。来るって伝えてくれればお茶菓子用意したのに」
ソファーから立ち上がり、台所へと移動する。
「家の中、片付けてないから散らかってて、恥ずかしいな」
そう言いながら冷蔵庫を開けようとするが、彼女の幽霊だ。冷蔵庫のドアを開けられない。
「おかあさん、お茶菓子ない?」
触れられない冷蔵庫を触れようと何度も挑戦しながらもう生きていない人に声をかける。
先程から彼女は何を言っているのだろうか。食卓にあるものが見えていないのだろうか。
「え、戸棚?あ、あった。ありがとうお母さん」
「なんで殺した?」
独り言のようにしか聞こえないそれに堪らずカンダタは口を挟む。
清音は何を指摘されたのかわかっていないようだった。
首を切った母親。頭を打った父親。自殺にしては異様だ。どちらの死に方も苦痛を伴う。自殺するならもっと楽な道を選ぶ。
カンダタが2人の遺体を眺めていると質問を理解したようだった。
「瑠璃が言ったの」
思ってもいない人物の名が上がり、カンダタは瞠目する。
「両親に恵まれているからあんたにはわからないって。酷いよね」
同意を求められても到底理解できない。
「清音には気持ちが理解できない、と瑠璃が言ったのか?」
カンダタなりに要約してみたが、清音は違うと首を振る。
「私と瑠璃は違いがあるんだよ。でもこれで揃った」
清音を見て、夫婦を見て、次に何か喋ろうとするが、何も浮かばず、口は中途半端に開く。
「同じ学校で、同じ年齢で、同じクラスで、両親もいない。こんなに“同じもの”があるんだから私も瑠璃になれるんだよ」
どこが、何が、と問い詰めてやりたかったが、清音に何を尋ねも的外れな回答されるだけだ。
両親を殺害した動機さえも理解できない。
来客に出す茶菓を出したくても清音は現世の人ではなくなった。現世に干渉することができなくなった。
それに対して彼女は怒りも悲しみもなく、あっさりと諦めて台所を出ると唖然となるカンダタを横切り、庭が見える大窓のそばに立つ。
振り返った清音の微笑みは蝶男に似ていた。
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