糸と蜘蛛

犬若丸

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7章 赤い珠が映す空想未来

恋する鬼 3

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 彼の横顔を覗けば今度は悪夢に魘されているみたいで、うんうんと喉を鳴らして眉間に皺を寄せている。
 「あなたって安息することないのね」
 汗で濡れた額に髪が張り付いている。それを払って閉ざされた目蓋を撫でた。
 目蓋はぴくりと動いたが、それだけで後は反応がない。
 熱が苦しくさせているのか、うつ伏せが苦しいのか、悪夢でも見ているのか。私が同情してしまいそうになるほど、苦しそうに唸っている。
 昔、風邪をひいたとき熱が下がらず、身体も怠くて何故か不安になって泣いてしまった。兄が私の額を撫でてくれて、それで私も安心して眠れた。
 兄のように彼の頭を撫でようと手を伸ばす。触れる寸前で脳裏を過ったのは兄を殺してしまった白い鬼の手。
 手のひらを自分に向けて握って伸ばす。自分の手が人であることを確認してから撫でる。
 なるべく力を入れずに、起きないように、髪の毛に沿うようにして慎重に頭の天辺から項あたりを撫でた。
 心なしか眉間の皺が薄くなったような気がする。
 彼の眠りは深くなって寝返りをうつことはしなかった。
 囲炉裏から離れているけど、身体の体温が熱いせいか寒さは感じなかった。
 私は彼の隣に寝そべって頭を撫で続けた。寝苦しそうな顔を見つめていたらいつの間にか私も眠りについていた。



 朝になっても熱は下がらず、彼はぐっすりと眠ったまま、対して私はあまり良い睡眠とはいえなかった。
 硬い床の上で寝ていたし、雨音はうるさかったし、何より今は何事もない彼がいつ死んでしまうかわからなかったから時折起きて呼吸と熱を確認して寝るを繰り返していた。
 夜と同じ寒さの朝、欠伸の息が白くなる。両手に息を吐いて暖めてから井戸の縄を引っ張った。
 もしかしたら目覚めるかもしれない。そんな時、食べるものがないと困る。
 淡い期待を抱きながら朝餉の準備に入った。
 井戸から上げた桶を持ち上げて別の桶に移すとぼとりと井戸水じゃないものが入った。朝日で反射した赤色の光でぼんやりとした頭が覚醒した。
 現世とあちら側とは超えられない境界線みたいなものがある。でも、ほんの少しの場所にだけその先が埋まっている場所がある。人喰い塀や井戸がそれだ。
 この井戸を使って蝶男はふたつの世界を行き来しているし、私が二十歳になると律儀に訪問の知らせをしてくる。   
 その方法が赤い珠玉だった。
 この石が入っているなら翌日が蝶男が来る。
 いつもならうんざりして今日一日を憂鬱になるところだが、頭に浮かんでいるのは目を覚さない彼のことだった。
 なんでこんな時に来るのだろう。月に一回、来るか来ないかなのに。
 そんな蝶男に苛立って、八つ当たりするように赤い珠玉を井戸に投げた。
 来るのは翌日の朝だろう。今は彼のために朝餉の用意をしたかった。
 しかし、その日は彼が目を覚ますことはなかった。
 熱は高いまま、声をかけては寝言なのか息なのかわからない音を漏らすだけ。
 水でも何でもいいから口にしてほしくて、湯呑みに水を入れて唇を開かせて飲ませたが、彼が苦しく咽せて咳き込んでしまった。
 私が「大丈夫」と尋ねても彼は手を左右にゆっくりと動かして溺れる感覚から逃れようとする。意識は朧げであるが、今なら何か食べてくれるかもしれないと冷めた粥を掬い、彼の頬に匙を押し付けた。
 匙の先端が頬を刺す。それを不快そうに眉を寄せていたが、私は構わず更に強く押し付けた。
 米の匂いに負けたのか、私の声が届いたのか、彼は匙を咥えた。
 飲み込んだのか心配になって口を開いて中を確認する。米粒は少し残っているもののちゃんと食べている。
 できれば茶碗一杯分は食べて欲しくて、また粥を掬い匙を押し付ける。
 彼はもうやめてくれと言うように首を振った。私はずぼり、と口に突っ込ませて食べさせた。
 結局、食べてくれたのは五口ほどで朧げな意識は熱に魘されたされたまま、深い眠りについた。
 布に水を染み込ませて乾いた唇を濡らした。日が高くなってそろそろ日課の掃除をする時間だったが、寝不足だった私は掃除よりも睡眠を優先させた。
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