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本編:猫のいる生活
第1話
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初めに言っておくが、ユウゲンはどちらかと言えば犬派の人間だ。
「いってーな。おい、それ以上噛んだら痣がひどくなる。もういいだろ?」
「やぁだぁ!もっと!」
「いいから、飯食え!」
あれは一週間ほど前のこと。天気予報が外れてどしゃ降りの雨がアスファルトを濡らしていた日。ユウゲンは小汚い猫を拾った。
正確に言えば真っ裸の猫の獣人だ。
フワフワの癖毛の上で、三角の耳がぴくぴくと動いていた。凍える姿を無視できなくて家へと連れて帰ったその日から、人間の生活を一から教える苦難の毎日が始まったのだ。
「おい、フォーク使えって言ってるだろ!顔ごと皿に突っ込んだら火傷するぞ」
「だって、むずかしいもん」
頬を膨らませると、口周りをソースで汚した猫が文句を言った。
「あっ!タマ、ピーマン残しやがったな!」
「マズいもん!ねえ、パスタぜんぶたべたからかんでいい?」
「パスタだけ食っても野菜全部残してたら意味ねーだろ!」
「ユウゲン、かんだあとにたべさせてっ!くち、あーんってするから!」
猫の獣人なんて、この世では珍しいものではない。
耳と尻尾が生えている以外は人間と同じで、二足歩行で言葉を喋る。タマは特別に誰よりも色白で透き通った肌を持っていた。それだけのせいではないのだが、ユウゲンはタマの扱い方に困っているのだ。
澄んだ瞳は大きくて我がままを簡単に許したくなる。
「えーっと、”猫の飼い方 簡単”っと」
分からないことは検索できる。
楽な時代に生きているなとユウゲンは携帯端末を弄る。
胡坐をかいた膝の上に猫の少年が座っているが、それ自体は大した問題ではなかった。
何せこの猫は線が細く体重が軽い。
「んん、あぐぅ」
「っ!やりすぎだ!」
「まだ、そっちのうでかんでないもん」
問題なのは猫の噛み癖だ。何故だかユウゲンの体中に噛み跡を残さないと気が済まないらしい。
膝に乗り上げられ、ガシガシと噛まれること一週間。何重にも重なる噛み跡が痣となり花模様のように咲き乱れた。
「おし、歯ぁ磨いて寝るぞ」
「いっしょにねる?!」
「ちゃんと歯を磨かせてくれたら一緒に寝ていいぞ」
「ううう」
ここには書き出せないくらい、タマとユウゲンの間には課題が山積ではある。
例えば、裸で家中を歩きまわらないだとか、皿に顔を突っ込んで食べないだとか、風呂で暴れないだとか、寝ているユウゲンを噛まないだとか、人間では当たり前のことを二人は克服していかなければいけないのだ。
「タマ、口を大きく開け」
真っ赤な舌は人間のものと似ている。表面がザラザラしているのは猫特有だろう。
ユウゲンは猫の口端に親指を入れ、子供用歯ブラシで奥歯を磨きだした。口を閉じないようにこうすると良いと、どこかのサイトに書いてあった。
「次はこっち側だな」
「んんー」
よだれが垂れちゃうよ、とタマは伝えたかったけれど、そう思った時点で手遅れだった。イチゴ味の歯磨き粉を含む唾液が、顎を伝い首元に垂れ、大き目のTシャツの胸元にシミを作る。
「そういう時は、ここにペッてするんだ。その後どうするか覚えてるか?」
「みずでぐしゅぐしゅするの」
コップも歯ブラシも子供用だ。食事の仕方も歯磨きも、ユウゲンに出会って初めて教えてもらったタマにとって、子供用でも大人用でも与えられたものは全て特別だった。
「ねえユウゲン、ぎゅっして?」
「お前、絶対噛むだろ?」
同じベッドで寝ること自体はそれほど問題ではなかった。眠っている間は噛まれないし、驚くほどタマの寝相は良かった。
問題と言えば、異様にくっつきたがるタマに、意味不明にも反応してしまうユウゲンの体で……
「五分だけだからな」
幼さを残した体がユウゲンの肌に触れると、じんわりと心地よい温もりが広がっていく。
噛まれる痛みはある程度耐えられる。耐えられないのは、目の前に広がる光景だ。
ユウゲンのTシャツをパジャマ代わりに着たタマの胸元がちらりちらりと目に入り、目の毒だとユウゲンは視線を戻した。
自分にはこんな趣味はなかったはずなのに、と頭を悩ましたのは今日が初めてではない。下半身が反応し出したことにユウゲンは冷や汗をかきだした。
「ん?ユウゲン、においかわったの」
「匂い?」
「うん、もっとほしいの。このにおいすきっ」
頬を赤く染めたタマの茶色い瞳が涙で滲んでいた。無意識に動く尻尾がクルクルとユウゲンの体に絡みつく。
「トイレ行ってくるからここで待ってろ」
なけなしの理性がユウゲンを立ち上がらせた。
「いってーな。おい、それ以上噛んだら痣がひどくなる。もういいだろ?」
「やぁだぁ!もっと!」
「いいから、飯食え!」
あれは一週間ほど前のこと。天気予報が外れてどしゃ降りの雨がアスファルトを濡らしていた日。ユウゲンは小汚い猫を拾った。
正確に言えば真っ裸の猫の獣人だ。
フワフワの癖毛の上で、三角の耳がぴくぴくと動いていた。凍える姿を無視できなくて家へと連れて帰ったその日から、人間の生活を一から教える苦難の毎日が始まったのだ。
「おい、フォーク使えって言ってるだろ!顔ごと皿に突っ込んだら火傷するぞ」
「だって、むずかしいもん」
頬を膨らませると、口周りをソースで汚した猫が文句を言った。
「あっ!タマ、ピーマン残しやがったな!」
「マズいもん!ねえ、パスタぜんぶたべたからかんでいい?」
「パスタだけ食っても野菜全部残してたら意味ねーだろ!」
「ユウゲン、かんだあとにたべさせてっ!くち、あーんってするから!」
猫の獣人なんて、この世では珍しいものではない。
耳と尻尾が生えている以外は人間と同じで、二足歩行で言葉を喋る。タマは特別に誰よりも色白で透き通った肌を持っていた。それだけのせいではないのだが、ユウゲンはタマの扱い方に困っているのだ。
澄んだ瞳は大きくて我がままを簡単に許したくなる。
「えーっと、”猫の飼い方 簡単”っと」
分からないことは検索できる。
楽な時代に生きているなとユウゲンは携帯端末を弄る。
胡坐をかいた膝の上に猫の少年が座っているが、それ自体は大した問題ではなかった。
何せこの猫は線が細く体重が軽い。
「んん、あぐぅ」
「っ!やりすぎだ!」
「まだ、そっちのうでかんでないもん」
問題なのは猫の噛み癖だ。何故だかユウゲンの体中に噛み跡を残さないと気が済まないらしい。
膝に乗り上げられ、ガシガシと噛まれること一週間。何重にも重なる噛み跡が痣となり花模様のように咲き乱れた。
「おし、歯ぁ磨いて寝るぞ」
「いっしょにねる?!」
「ちゃんと歯を磨かせてくれたら一緒に寝ていいぞ」
「ううう」
ここには書き出せないくらい、タマとユウゲンの間には課題が山積ではある。
例えば、裸で家中を歩きまわらないだとか、皿に顔を突っ込んで食べないだとか、風呂で暴れないだとか、寝ているユウゲンを噛まないだとか、人間では当たり前のことを二人は克服していかなければいけないのだ。
「タマ、口を大きく開け」
真っ赤な舌は人間のものと似ている。表面がザラザラしているのは猫特有だろう。
ユウゲンは猫の口端に親指を入れ、子供用歯ブラシで奥歯を磨きだした。口を閉じないようにこうすると良いと、どこかのサイトに書いてあった。
「次はこっち側だな」
「んんー」
よだれが垂れちゃうよ、とタマは伝えたかったけれど、そう思った時点で手遅れだった。イチゴ味の歯磨き粉を含む唾液が、顎を伝い首元に垂れ、大き目のTシャツの胸元にシミを作る。
「そういう時は、ここにペッてするんだ。その後どうするか覚えてるか?」
「みずでぐしゅぐしゅするの」
コップも歯ブラシも子供用だ。食事の仕方も歯磨きも、ユウゲンに出会って初めて教えてもらったタマにとって、子供用でも大人用でも与えられたものは全て特別だった。
「ねえユウゲン、ぎゅっして?」
「お前、絶対噛むだろ?」
同じベッドで寝ること自体はそれほど問題ではなかった。眠っている間は噛まれないし、驚くほどタマの寝相は良かった。
問題と言えば、異様にくっつきたがるタマに、意味不明にも反応してしまうユウゲンの体で……
「五分だけだからな」
幼さを残した体がユウゲンの肌に触れると、じんわりと心地よい温もりが広がっていく。
噛まれる痛みはある程度耐えられる。耐えられないのは、目の前に広がる光景だ。
ユウゲンのTシャツをパジャマ代わりに着たタマの胸元がちらりちらりと目に入り、目の毒だとユウゲンは視線を戻した。
自分にはこんな趣味はなかったはずなのに、と頭を悩ましたのは今日が初めてではない。下半身が反応し出したことにユウゲンは冷や汗をかきだした。
「ん?ユウゲン、においかわったの」
「匂い?」
「うん、もっとほしいの。このにおいすきっ」
頬を赤く染めたタマの茶色い瞳が涙で滲んでいた。無意識に動く尻尾がクルクルとユウゲンの体に絡みつく。
「トイレ行ってくるからここで待ってろ」
なけなしの理性がユウゲンを立ち上がらせた。
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