Lost Fiction

湯月@岑

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女王殺し

迷宮

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 高い所に採られた窓から、丸くくり抜かれた光が降りてくる。
 光の帯が、女を飾る。
 




 喧騒は青い空に吸い込まれ、笑いさざめく人は往来を渡る。祝祭日の今日は特に人出が多い。
 交易の中継である此の土地は、日々の糧や物物しく財貨を乗せた隊商に、人の行き来がひっきりなしで、道の途中で立ち止まった彼を迷惑そうに一瞥しては追い越していく。
 
 "見よ。此れこそがランターシャ。王の治める其の都"

 ふいに鳴った鐘がひるを告げれば人々はてんでに食事へと腰を上げて、往来の人も少しは減っていく。
 目眩のするような、豊かの土地。
 見知らぬ父祖の代で喪った故国よりも尚も豊かだろう。

 亡国の民と呼ばれる者達を率いる"王"と呼ばれる青年は、彼を呼ぶ声に気付いて漸く応えた。





 喧騒は、途切れた。
 一歩、敷居を跨いだ。其の瞬間に。
 暴力的な日差しに慣れねばと緊張していた身体が、急な静寂と確実に何度か下がっただろう気温に驚く。

 人の列は整えられて奥まで続いている。謁見を求める人の群れは、如何にもな綺羅びやかな一団と有象無象が入り乱れている。



 当代の王は、とても魅力的だと皆が云う。
 魅了し、魔を退ける。
 稀なる強い"王の眼"を持った御方

 



 彼女が来る

 見開かれた眼が 彼女を追いかける。
 一瞬目合い、すぐ逸らされる。
 ただ一時ひとときで 魂を奪う。

 王よ 王よ 裸足の王よ
 王よ 王よ 我らが母よ





「…王とは順位にあらず、_性質さ」
 "俺が王だ"と貴公は答えられた。あの子は"王とは我ぞ"と云った。
 其れ以上でも其れ以下でもない。

「王と名乗られるならいかめしくでは無く、笑われよ。厳しい顔をつくるはしょうの役目」

 王は笑え





 暴れまわる兄にって破壊された調度の欠片が飛んできたのを、手で払う。

 弁償金を計算しながら、半泣きになっていた会計役は下がらせた。如何せん、心に悪かろう。

「兄者。止めろとは云わんが、程々にされよ」
「あれ程の侮辱。女の分際で生意気な!  お前、腹は立たぬのか! 弟よ」
「そも、我らの一族で男が優位であるように、此の国では女が優位だろう。己等おのれらの普段の言動と照らせば、こうなるかと納得もする」
 まあ確かに慣れるかと云えば、また其れは別ではあるが。

「~ッ~ッ!! 酒場に! 行く!!」
「程々に。_と、聞いてないなアレは」

 階下の大音響が此処まで届く。
 ヤレヤレと肩を竦め__酒場には、付いて行かなかった。
 此の事を、兄弟は後に激しく後悔する事になった。
 


 運命の使者は、福福しい大尽の顔でやって来た。


 酒場の酒を片端からガブ飲む男に声を掛けたのは、小太りの金満家。
 注意深く見れば、其の目の下の隈にも焦燥をはらんで妙な具合に痩けかけた頬にも、気付いただろう。
 しかし、酔眼では其の判断はつけられずに。其の危うさに気付かずに。
 男は飛び込んで来た雪辱の機会に飛びついた。
 

※※

 其れは異様な夕暮れだった。
 分厚い雲の幕が下りる。
 其の下で。
 夕日が朱く燃えていた。
 向こうへ追いやられる其の場所で、赤赤と燃えていた。


※※

 手引した人間は、真逆まさか、自分以外の人間も、同様に手引きをしたとは思いもよらなかったのだろう。驚いた顔で死んでいった男を見る。
 剣を汚す、安寧の温水ぬるみずに漬かってふやけた人間の血を拭う。念を入れて拭ってしまうのは、常より剣が錆び易いのではと云う偏見か。
 此の国の豊かさを狙う国が共謀してのはかり。先行する兄が酒場で声を掛けられた。話を彼が知った時には既に約定がなされ、兄は此の国の王の殺害を請け負った。
 …どうにも引っ掛かる。
 何故に態々、兄を引き入れる必要があったのか。
 こう迄に容易であるならば、自分達だけで行えば良いものを。

 ああ、しかして、もう手遅れか。既に此処まで来てしまった。 
 最早、_後には引けぬ。





 女は祭壇の前に居た。


 側にあった若い男は、既に制圧されていた。
 暴れる身体を先行していた兄の配下が抑えつける。

 手引きの人間の死体を眼の前に放る。
 竦み、声も出せなんだ様子を嗤ってやろうと、


ハ、ハ、ハ、ハ

 喉を反らして、女が嗤う。

かたちも与えられなんだ癖に」


 選ばれなんだ者は 哀れだのぉ


 兄の顔から、表情が抜け落ちた。

「__ッ__ッ!!!」

 若い男が血相を変えて叫ぶ。



 力任せに振るわれた剣先が、王の_女の首を割く。肉がピンクの裂け目を見せて、直ぐに赤が噴き上がった。

 グシャリと音を立てて落ちた頭が、床に当たって血を散らす。
 頭を失った首からは深紅が河のように流れた。

 
 頭から血を被った、若者の目が見開かれる。


「兄者。一応、此方も殺すか」
「応。成る可く殺すなとは云われたが、男なれば其の方が良かろう」

 切っ先を向ける。
 血を頭から被り、女の身体を呆けたように見詰める様は何の力もない軟弱者に見えた。
 振りかぶった剣を頭頂へ。

 怖気。

 弾かれ振り向いた眼が、此方を《見た》。
 獣の瞳。餓えた、じょうのない、底光り。

 ほんの一瞬の、

 姿が消えた。
 
 _跳ばれた!  術者か!!


 されども其処までの脅威ではない筈。
 何せ、守れもしなかった。

「捨て置け、弟。 其れよりも、此の首よ」


 血に固まった髪は、女の頭から蛇が生えているように見えた。


「破邪の王と云うなれば  首になっても守ってみせるがいい!」





 城門に掲げられた首は、"蛇王"と呼ばれ、稀代の悪王の噂が広まった。
 悪政を敷く凶王を、英雄が討ち取ったと。





 愚かは時に賢さを超える。賢さは時に愚かの度を見誤る。自分が見たくないと否定するものを、何故遺しておくと思うのだろうか?
 全ての記録を破棄する。自分達でも真へは辿りつけぬ程。
 _嘘でも千繰り返せば真となる。

 記録を残す。其れは賢さ。誠実。若しくは識りたいと云う欲に負けた証。全てを捨てて上書く。_あるいは全くの無関係者に罪を着せた。無関係だから、手繰られる恐れはない。

 尻尾切り?_愚か者。

 尻尾は我らに繋がる。何処まで辿られるか、身内に疑心暗鬼の種を撒くは本意ではない。
 人の記憶は年を経れば伝説、作り物、戯言になる。

 真など何の価値もなく、"我らの本当"が真となるのに、彼等は恍惚の息を吐いた。
 


 『1000年続く、のろいを差し上げよう』




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