アルバトロスはどう応えたか

湯月@重陽

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陸の夢_寄る辺

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初めての戦場で、ゼオは初めて人を殺した。

人を切る。切って切って動かなくなるまで。
情けを掛けるなと教わった。怨みを買えば、そいつはお前の命を何としてでも奪おうとする亡霊になるからと。
血の匂い。臓物の匂い。戦の勝敗を告げる喇叭の音。
強張った手を県から外すのに苦労した。
その日から数日、血の地獄の悪夢は続いた。



「どうしたの」と声をかけてきたのは幾つか年上らしい目元に泣き黒子のある少女だった。「初めて?」応えぬこちらに焦れる風もなく、そっと腕を引かれた。導かれるままに布をかき分け奥に進む。「大丈夫よ」扉の閉まる音がした。胸元に少女の手が添えられて柔らかな熱で唇をふさがれた。首筋を掻き抱く腕。背中から寝台に倒れこむ少女を追いかけた。

女の体は柔らかくて良い匂いがするのだと初めて知った。

「何だか迷子みたいな顔してたから」
筆おろしの相手をしてくれた少女は、困った顔で笑った。
朝の光の中で見ると黒と思った少女の髪は濃い鳶色のようだった。
服の皴を伸ばして身に着け、娼館を退去する用意を整える。
「また来てくれる?」
頷けば、少女は嬉しそうに笑った。

傭兵団に戻ったその足で、娼館に引きずって行ってくれた先輩傭兵に礼を言った。

それから女を何度か買って、少年も買ってみた。暫くいろいろ試してみて、結局抱くのはもっぱら女になった。
甘い声、肌理の細かい滑らかな肌、皮下脂肪の柔らかな抱き心地。
戦場の熱が抜けきらない日は、胸の中にすっぽり収まる存在を抱いて寝ると夢も見ないほどによく眠れた。






所属していた傭兵団が、ある国に外人部隊という名目で召し抱えられた。
傭兵団でほとんど唯一兵術やら術式やらの体系だった知識を持っていたゼオが元団長現将軍に事あるごとに各所に引きずり回され、いつの間にやら次期将軍の立場に押し込められていた。
実戦の場では強いが価値基準の一択だが、宮廷遊戯ではそればかりともいかない。侮られれば団員たちの進退、果ては間接的には生死にも関わってくる。
宮廷で充分に通用する知識の出所が人外ということに若干納得できない何かが残るが、使えるというのなら出し惜しみする気も余裕もなかった。
そんなわけで次期将軍、先代が退いて後は将軍として居心地の悪い椅子を温めている。
書類仕事に次ぐ書類仕事、人生っていうのは分らんもんだなと溜息をついた。


流れ流れていく先に、懐かしい顔と再会することもある。


部下を労わるという題目で、城下でも一等の繁華街。
酔いの回った部下たちを窘め宿舎まで誘導しながら、街角で女に行き会った。

「マチルダか?」
「ゼオ?」

思わぬところで再会した泣き黒子のマチルダは、久しぶりねと笑った。
「すっかりイイ男になったねぇ」
彼女の今の住処という店に場所を移して、目を細めて嬉しそうに笑う女の前では、将軍といえども形無しだ。
あれから彼女も店を変え、土地を変えながら流れてきたという。
互いの近況を語らううちに、この店の年季も終わりに近いと知った。しかも、次の当てはないという。
「さすがに私も年だしねぇ。そろそろこの仕事はキツイから」

もしその気があるのなら、仕立て屋の手伝いをするのはどうかと提案したのはゼオだった。
「閑古鳥の仕立て屋でね。店主は年だし、若い人間の好みが分らんらしい。その気があるなら紹介するぜ」
ゼオが覚えているマチルダは、余暇の時間にいつも裁縫をしていた。誰かの遣い物かと問えば、好きなのだと答えていた。
「腕の良さは保証する。うちの服を仕立ててくれるのも奴さんでね。正直、気落ちされて腕が揮えねぇっていうのは遠慮願いたい」
援助が必要なら幾らかはしてやれる。
「身辺がそんなに静かじゃなくてな。迎えるっていうのは難しいが…」
「良いの?」
「使う機会も無い金だ。誰かのためになるなら有難い」


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