『IF』異世界からの侵略者

平川班長

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1章 『IF』

プロローグ それは『外』からの侵略者

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(雨………か…)
時刻は午前1時。予報通りの雨が降りだして、私は空を見上げた。

雨は昔から嫌いじゃなかった。

人は皆、傘を射したり、レインコートを着たり、とにもかくにも濡れるのが嫌という人が大半を占める中、私こと『水無月ミユ』はそんなこと全然感じたことはなくて、
むしろ、濡れて帰るほうが清々しくない?とか思っちゃう。しかもそれが夜の雨なら尚更。

そんなことを考えて顔に苦笑いを浮かべる困ったちゃんだったけど、今日だけはこれ以上濡れるのは勘弁願いたかった。

(結構、やられちゃったなー……)
私は自分の左腹部を見る。お気に入りのブルーのセーターが赤黒く染まってます。傷口を押さえてる手は一般人が見たら倒れちゃうんじゃないかってくらい真っ赤です。

(これ以上、血が流れるのはマズイな。私の能力の源だし………)
そう。私の能力はズバリ『血』です。結構レアな能力なんです。ただ今、絶賛垂れ流し状態の私の血ですが、この能力のおかげで失血死なんてことにはならないけど、地面に垂れているのは頂けません。これじゃあ体内の血の量がどんどん減って使える能力も限られてきちゃう。

(とりあえず、力と気配を抑えながら『基地(キャンプ)に戻らないと!)

そんなことを考えて歩き続ける私でしたが

「……………ッ!!」

隠す気もない巨大な気配に振り返るとそこには

「どこまで逃げるおつもりかなレディー。いや、ここは貴女の二つ名である『鮮血の女王(ブラッドクイーン)』と呼んだほうがいいかな?水無月ミユ」

1人の男が立っていた。身長はおそらく190cm以上。上下長袖の黒服に隠された身体はそこまで大きくはないが、一切の無駄のない筋肉で覆われていることは先程の戦闘中に抉られたこの横腹で明らか。オールバックの金髪にサングラス、声には落ち着きと威厳を感じさせるが、そこまで老けた印象は受けない。両腕を後ろに組み微笑を称えてこちらを視てくる。

「『鮮血の女王』?人違いじゃない?本物の彼女なら戦闘から逃げたりしないわ。相手が貴方ごときなら尚更ね」

精一杯の虚勢。この状態で戦闘になったらまず勝てない。正直もう少し時間が欲しい。

「私と戦闘して生き延びているというのが何よりの証拠だよレディー。普通のレベルの『守護者(ガーディアン)』なら5回は死んでいる」

「そういうのを私達の世界では過信っていうのよ?まあ、でも、死ぬ前に相手の強さくらいは知りたいわね。あなた『IF(イフ)』ではどれくらいの強さなの?それともその自信は『ナンバーズ』だったりするのかしら?」

なんとか会話を引き伸ばす。まあ、実際に気になってたところだし、私の予想では………この男は強い。正直私に有利な状況が3つ以上揃ってトントンくらい……つまり、認めるのは癪だけど完全な格上。

「『IF』とは君達の勝手な呼称ではあるが……まあいい。私は『ナンバーズ』のメンバー。序列は3位、名をカトラナ=バージェスという。以後お見知りおきを」

(…………っ!!)

強いとは思ってたけど、『ナンバーズ』!!しかもよりによって、上から3番目とか冗談通り越して笑えてくる。
虚偽の可能性は………ない。
先程の戦闘でそれは証明済み。
ここで打つ手は…!

(逃げの一択ね。この状態で戦える相手じゃない)

思考を切り替える。なんとか基地にたどり着く、または援軍が望める可能性のある地域まで撤退。
自分の使える能力は全快状態の5割弱。
ここまでは瞬時。自分の今までの経験値で叩き出す!

しかし、

「逃がさんよ」

そんな思考を嘲笑う死神が、一瞬の内に間合いの中

ボッ!!

と繰り出される右拳……よりも速く

「『壁(ウォール)』!!」

地面に垂れていた血が、私の号令を合図に瞬時に身体の周りを凝固し壁となり守る!
この技は私の使える防御技の中でも速度と硬度が3本の指に入る。魔力を通した血の壁は狙撃用のライフルでさえ貫けない硬度を誇る。

だが、

(…! 嘘でしょ!?)

ゴン!!という音と共に血の壁は一撃で、拳の形に変形し凹んでくる。
貫かれなかったのは幸いだけど、もう保たない!

バッと私は空中に手を振る。手に付いていた血を空中に投げ

「『矢(アロー)』!!」

空中の血が今度は無数の矢の形になり、バージェスの頭上から降り注ぐ!
しかも
「『解除(リリース)』!!」
バージェスが貫こうとした壁を、一瞬液体に戻し固める。地面から生える壁に腕を固定するオマケ付きだ。

 (これなら……)

どうだ!と思う間もなく、バージェスが動く。

地面から生える壁を左足で蹴り砕いたと思いきや!右腕に固着したままの壁を今度は左手で破壊し、破壊の勢いそのままに空中に破片をばら撒き、矢と衝突させる。そして自身は拳を繰り出した勢いで回転しながら身を低くし、その姿勢のまま、矢を超速のスピードで躱しながら猛獣のごとく私との間合いを詰めるてくる!

「この……! 『剣(ソード)』!!」

私の手に血の大剣。奴の右拳に打ち込む!

ガン!!

「っ……!」

だが、あまりの威力に民家のコンクリの壁に吹き飛ばされた!

お互いの距離は5m。バージェスは何事もなかったかのように後ろに手を組み悠然と歩いてくる。

「ふむ。咄嗟に剣ごと砕かれると直感し、私の拳の威力を利用して吹き飛ばされたか。そして血を使った攻防の多様性、素晴らしい!これ程までに私との近接戦闘に耐え得るとは、殺すのが惜しいくらいだよ水無月」

(化け物め……!)

ダメだ近接戦闘は!
この男の戦闘スタイルは完全に接近戦に特化している。私はどちらかというとオールラウンダーだけど、これ程に偏った相手は会ったことがないから攻略手段が見つからない。

「だがこれで分かったはずだ、勝ち目はない。君たち守護者のアジトを殺す前に吐いてもらおうか。そこを潰せば終わりだ。君たちの世界は完全に『こちら側』に乗っ取られる」

落ち着け。集中しろ。残りの自身の血は3割を切った。勝つ必要はない!ここから離脱するためのロジックを組み立てる!

「あまりレディに対して手荒な真似はしたくない。早々に吐くことをお薦めするよ」

バージェスがその無骨な手を伸ばした瞬間

(ここ…!!)

「『霧(ミラージュ)』!!」

私の号令と共に突如、バージェスの視界が赤い霧に覆われる。

「ちっ!」

舌打ちをしながら腕を伸ばすがそこには水無月はいない。

(目眩ましか!小賢しい真似を…!!)

バージェスは右足を踏み込み、右拳でのストレートを放つ!

バオッ!!と衝撃波が生まれ赤い霧を吹き飛ばす。しかし、やはり水無月はいない!それどころか気配まで消えた。

(!なるほど、自身の魔力を纏わせた霧を空間に広げることで本体の気配を探しにくくしたわけか!この状況で頭の回る女だ!)

バージェスは踏み込んだ脚をアスファルトから引き抜き、腰を落とし構えをとる。

(奴の狙いは気配を絶って死角からの攻撃。その手にはのらん!)

直後、

ビュッ!先程の血の矢が四方から飛んでくる。

(無駄だ!)

気配が読めない中、バージェスは自身を独楽のように高速回転させ、矢を弾く。

矢の接近に気づいたことがすでに常人ではない。偶然か?いや、彼がこれまで経験してきた数々の修羅場が彼を支える第六感として機能したのだ。

(次は……………ない。いや、これは)

バージェスはこれまたすぐに感づく。どうやら標的は霧と攻撃を囮に撤退していると。

しかも、気配が消えている。どうやら見失ったようだ。

(まったく最後まで惚れ惚れするような手際の良さだ。まあいい、夜は長い。あの負傷ではそう遠くには逃げていまい)

再び死神が捜索を始める。



(助かった。とりあえず一時的にだけど)

バージェスが去った後、私は地上に出た。しかもマンホールの下からである。霧で視界を奪った直後に、真下にあったマンホールの中に身を潜めたのだ。作戦はギリギリ成功。しかし、時間はない。

(あいつは、ただの戦闘狂じゃない。頭も切れる。周辺を探って私がいなかったら、感づいて戻ってくる可能性は高い!)

そうなったら完全にアウト。さっきの技で血の残りは1割。しかも先程の攻防で両腕がすでに悲鳴をあげている。これはもうまともに闘える状態ではない。

(地下で逃げるのも……………いや、ないな。地下じゃあ私の能力が十分発揮出来る空間がないし、そもそも、そんな狭い所であんな近接ゴリゴリ野郎とはやりたくないし)

結局、地上で逃げるしかない。キャンプまではおおよそ3キロ。逃げれるかなぁ?
結構厳しくない?
でも、

(諦めない……!最後まで抗ってやる!)

とにかく歩き出す。
わかってる。正直無理だって。
このまま都合良く、あいつと会わずにキャンプまでなんて無理。
おそらく、あと一度はあの化け物と対峙しなきゃならない。
そして、そうなったらゲームオーバー。
あっさりと私は殺されるだろう。

(困ったなぁ………)

私は歩きながら空を見上げる。
時刻は午前2時。
嫌いじゃない夜の雨が、私の諦めかける心の毒を洗うように、また降りだしていた。
そして、私の運命は刻一刻と終わりに近づいていた。
あの少年に会うまでは。

    
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