『IF』異世界からの侵略者

平川班長

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1章 『IF』

第1話 瀧本傑について

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高校生、瀧本傑(たきもとすぐる)にとって、野球は自分の人生そのものだった。
8歳の時、父に連れていかれた少年野球は衝撃的で、自分の知らないことを身体を動かしながら覚えていくのはすごく楽しかった。
そんなこんなで、みるみる成長した彼は体格にも恵まれ、6年生になる頃には市内を代表する選手にまで上達した。中学になると本格的に有名な硬式クラブに入部、あっという間にレギュラーになって、これまた県を代表する選手にまでなったのだ。
そして、高校は当然のように甲子園常連校のスポーツ推薦、彼自身もこのままプロまでなると信じて疑わなかった。

しかし、彼の野球人生は唐突に終わりを迎えた。ケガか?いや違う。ケガなら諦めがついたのだが五体満足。中学の監督に徹底的に柔軟とケガの予防を叩き込まれたので、それもあるのだろう。
では、高校野球では通用しなかった?
これも違う。彼は入部してはや1ヶ月足らずでレギュラー陣に合流し練習試合にはスタメンで出場していた。同じ学年の子達がまだボールさえ触らせてもらえない状況でだ。
そう、彼を退部に追い込んだのは同じ学年のチームメイトだったのだ。
いじめ。よくあることだが、嫉妬である。
少しトイレに行く間に道具が全てゴミ箱に捨ててある。 
大事にしていたグローブを水浸しにされた。
バッグの中にタバコを入れられ、あらぬ疑いをかけられた。
などなど挙げればキリがない。

結局、続けていけなくなり退部となった。親にも事情を説明し、学校側に訴えてくれた。野球部は高野連からの通告を受け1年間の活動停止処分となった。
ざまあみろ。と少し思ったが、いくら部活を辞めたとはいえ、学校のクラスでは顔を合わせないといけない。
それを考えると
どんどん学校に行きづらくなった。

親もそんな俺を、今は傷ついてるだろうと、あまり注意もしなかった。そして今に至る。つい1ヶ月前のことだけど、流石に1ヶ月も学校に行ってないと、これはこのまま学校も辞めないといけないなぁとか、ぼんやり考えていた。

生きる目的も目標もあの日に消えた 。
こういうのって辞めてから気づいたとかよく言うけど、自分って野球しか知らないから。 他の生き方を知らない。何をしていいのかわからない。
練習もない。
試合もない。
自主的なトレーニング時間もない。
家で毎日欠かさなかった柔軟も今はやってない。
俺は今から何をして生きていくのだろう?
よくわからない。

だからこうやって深夜に散歩するのも、特別に意味があるわけではない。ただ最近は特に夜は寝れない。力をもて余して寝つけないのだ。

1時間以上歩いただろうか。
時刻は午前2時、辺りは街中とは思えない程シンとしている。

(ん?雨か……)

立ち止まり空を見上げる。そこそこ降ってきそうだ。
そういや天気予報で言ってたっけ?
傘持ってきてないけど

(まあ……いっか。濡れて帰って、シャワー入り直そう)

そう思って歩き始めた時だった。

(……?)

どこからともなく息づかいが聞こえる。かなり激しい呼吸。

(こんな夜中にマラソンでもしてる人がいるのかな?)

それにしては、かなり余裕のない感じだけど……
息づかいの主はこの先の曲がり角を曲がった先にいるようだ。

瞬間。

ドクン!

急に自分の心臓の音が聞こえた。

「……っ!?」

ドクン!ドクン!

鼓動が速くなる。こんなに乱れたのは野球を辞めてからは初めてだ。

(なん、だ?)

これは、警告だ。
身体の本能が、あの曲がり角の先を見るなと警鐘を鳴らしている。

引き返す?
だが、身体が動かない。
どうする?行くのか?

「……くだらない」

心配を一蹴する。今さら何を恐れるのか?
俺の人生は、これ以上失うものなんてない。
瀧本傑の人生は1ヶ月前に1度終わっているのだ。

(せっかくだし、興味本位に見て帰ろう)

そう決意して角を曲がった。


結論から言うと

やはりマラソンランナーではなかった。
いたのは1人の女性。

年齢は一緒くらいか少し上だろう。しかしその姿はこの場では異様に移る。
腰まで届く黒く長い髪。
しかし、日本人ではないのだろうか?瞳の色は透き通る青色。
一目で美人とわかる整った顔だち。
小さな女の子が憧れるお人形さんが、そのまま現実に現れたようだと思った。

しかし、そんな女性の綺麗さよりも俺の目をひいたのは、
コンクリートの壁に寄りかかるように立っている彼女が、手で押さえている腹部から垂れるおびただしい血だった。

「だ…大丈夫ですか!?」

咄嗟に声をかけながら小走りで近づく。

しかし、彼女は俺を一瞬ポカンという表情で見たあと、我にかえって

「なんで…!?貴方、私が『視えているの』!?」

「えっ?はい、視えますが……」

咄嗟に答えた。しかし、彼女は一層顔を曇らせる。
傷が痛むのだろうか?

「大丈夫ですか?何故こんなに血が……そうか、救急車…!」

「あー、落ち着いて。とりあえず大丈夫だから」

彼女は手の平をこちらに向けて制止してきた。

「でも…!どう考えても重症というか……」

そんな俺の言葉を遮るように

「えっと、改めて確認なんだけど、私とは初対面よね?」

なんだろう?その質問は。
YesかNoかで言えば絶対Yes。こんな美人さんに会ってたら絶対覚えてるし、何より

「はい、初めましてです。そもそも見たことない『気配』だし」

「?…気配?」

怪訝な顔をして聞いてくる彼女。

「あっ…!すいません。つい癖で…………えっと気配というか、オーラ?」

「?」

ますます怪訝な顔になってしまった。
どうしたものか?うーん、説明が難しいんだけど
そんなことを考えていると急に彼女は俺とは反対方向の空を見上げた。

「まずい…!バレた!追いかけてくる!……君!とにかく私と来て!」

「えっ?……でも……」

「ここにいる時点で君は見つかり次第処分される!死にたくなかったらついてきて!」

この時、俺は嫌だと家に帰るべきだったのだろうか?それは否だ。そうしていたら俺は間違いなく死んでいただろう。
後にわかることだけど、俺はもう『巻き込まれていた』

何に?

それは、彼女『水無月ミユ』とその仲間達が世界を守る戦いだ。
相手の名……いや、世界の名は『IF』
彼女達はこの世界を守るために、もうひとつの世界『IF』と戦い続ける『守護者』

生きる意味も目的も終わったはずの瀧本傑、第2の人生は、この夜、彼女と出会ったところから始まる。


 
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