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第1章 悪魔との出会い
6話 とある悪魔との出会い2
異界に到着したらまずはそこの通貨へ両替するのは基本中の基本だ。
それを知らないということは、異界観光のルールも知らないということだ。
出発前や到着時に希望者には細かな説明がされるのだが、恐らく断ったのだろう。
異界交流年の5回に1回は渡航時に説明を受けなければいけない決まりになっているのだが、天使と悪魔は人間の10倍の寿命を生きるため、面倒くさがって聞かない人も多くいる。多分この人もその類なのだろう。
しかも、地上界は約150年前に通貨の変更があり、以前の通貨は使用できなくなった。
天使と悪魔から見たら150年など人間でいうと1年半くらいの感覚なので、告知はしていても、以前は使えた通貨が今回は使えないというクレームが交流年の度にあちこちで起こっているのだ。
人間からしたら、もう150年も経っているのに、未だに前の通貨が使えないことを知らない異界人がいることの方が異常と感じる。
でも彼は、そもそも魔界の通貨が地上界で使えないということすら知らない節がある。
「両替しないと地上界では使えません。あの、つかぬことをお聞きしますが、地上界へ来られるのは初めてですか?」
「そうなのか…。昔子供のころに家族で来たことはあるな。240年前くらいか?その時は両親にただついて行ってただけだから、両替のことは知らなかったんだ」
しゅん…と項垂れている犬耳が見える…気がする。
「そうだったんですね。それから一度も来られなかったんですか?」
「あぁ。特に興味もなかったしな」
「ではなぜ今回来ようと思われたのですか?何かきっかけでも?」
あ、しまった。ついいつもの癖で色々聞いてしまった。怒るかな…
「兄に言われたんだ。俺はあまりにも何にも関心を持たないから、面白いものがたくさんある地上界へでも行って、見聞を広げてこいと。特にすることもなかったし、たまにはそれもいいかと思って早速今日来たところだ」
よかった。個人的な事を聞いてしまったのに、そんなに気にしてない様だ。
それに、あまり表情は変わらないのに、何だかしょげてるのは伝わってきて、ちょっと可愛いと思ってしまった。
それよりも今の話から察するに、お兄さんに言われたから目的も当てもなくこっちに来たってこと?
しかも今日言われて今日来たってこと?
何それ、そんなので観光ちゃんと楽しめるの?
…だめだこの人。ほっといたら無知故にとんでもないこと仕出かして強制送還とかされそうな予感がプンプンしてる。
それどころか、そんなんじゃ折角の地上界も全く楽しめないじゃない。
記者としての性なのか、元来の性格からなのか、私が手助けできることが目の前にあると避けて通れない性分がムクムクと出てきてしまっている。
でも仕事はまだまだ忙しいし、一人の人に付きっきりで案内なんてしてる時間ないし。
「…どうかしたか?俺はまた何か変なことを言ったか?」
眉を下げ少しキツめの目元が若干緩み、心許なくこちらを伺っているように下がった気がする。本当に極僅かな変化だが、それが何だかすごく可愛く見えて、母性を擽られる感覚がする。
こんなイケメンに見つめられて、頼られてるような伺うような目を向けられて、ほっておけるわけがない。
……しょうがない。今日だけだ。今日だけ付き合って、あとは有名所を網羅しているガイドブックでも渡そう。
そうすれば、少しは観光を楽しめるだろう。
「…いいえ。あの、もしご迷惑でなければ、両替所まで案内しましょうか?それから、おすすめの観光ガイドブックがあるので、そちらを差し上げますので、明日からの計画のお役に立ててください」
「――!!…いいのか?仕事の最中なのだろう?」
「今日はこの後同僚と打ち合わせがあるだけですから。電話でも済みますし、そんなに時間はかかりません。それよりも、私はあなたの方が心配です」
「そ、そうか。いや、ありがとう。助かるよ。ではお言葉に甘えさせてもらってもいいか?」
「はい。ではまずは両替所へ行きましょうか」
……なんだか目元が若干赤いような気がするけど、気のせいかな?
両替所へ向かう道中、お互い簡単な自己紹介をしたのだが、彼はリトと名乗った。
悪魔にしては可愛らしい名前だなと思ったのだが、これまでも偽名を使っている異界人はたくさんいたので、もしかしたら彼も事情があるのかもしれないと思い直し、詳しくは聞かなかった。
普段は家の仕事を手伝っているようで、魔界ではそこそこ有名な大きな商店の次男で283歳、人間換算で28歳らしい。20年ほど前に父親が引退して兄が後を継ぎ、特にすることもなかったため忙しい兄の補佐のようなことをしていると説明してくれた。
今日地上界へ来たのも、表向きは見聞を広げるためらしいが、実際は何か一つでいいから興味のあることを見つけてこいと追い出されたのだとか。
…お兄さん意外とスパルタなんだな。
弟の事を心配して仕事を与えているのかと思いきや、急に手のひら反して放り出すとは。
そんなことを思っていたら、
「でも、今日ここへ来てよかったともうすでに感じているんだ。君に会えたから」
とか、ほんのちょっと微笑んで言ってくるんだから質が悪い。
イケメンがイケメン言葉を私に向かって言うなんて、もうね、心臓止まるかと思ったよ!
そりゃあ照れまくって赤面もするよ!
社交辞令で可愛いね~とか綺麗だね~だとか言われても、常に瓶底眼鏡を掛けて女にしては長身で地味でモブ顔の私にはありえない言葉だと分かっているので何とも思わないし、こちらも社交辞令で返すくらいのスキルは社会人として当然持っている。
でも、これは、この人は、本気で心からそう思って言ってるのがちゃんと伝わってくるから、なんて返したらいいか分からなくなるのだ。
とりあえず、「ありがとうございます?」と、何故か疑問形で返事をしてから話題を無理やり変えたのだが、自分でもかなり不自然だったと思う。
取材が常の記者として、有るまじき返答だった。
でも!イケメンに真正面からあんなこと言われたら!誰だって挙動不審になるよね!?
学園を卒業するときに当時付き合っていた彼氏と別れてから、そういう出会いや良い雰囲気になることなんて微塵もなく仕事に明け暮れている私には、イケメンの微笑みは刺激が強すぎるのだ。
そもそも、取材対象でイケメンに出会うことがあっても、目の保養とか観賞用とかしか思わない。
なのに何故か、噂に聞く魅了魔法でも掛けられているのかと思うほどに、彼にはさっきからずっとドキドキしっぱなしだ。
地上界には魔素が存在しないので魅了魔法は発動しないし、「困ってるところを親切にも助けてくれたいい人に会えて良かった」という意味だと頭では理解している。
理解していても、頭と心はやはり別物で、彼がこちらを伺う素振りを見せ目が合う度に、ドギマギしてしまうのだ。
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