受付の不機嫌な彼女

遊良可不可

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第4話、事件じゃないけどやらせていただきます。

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 長い説明を終えると、舟橋はお茶を一口飲んで晶子を見た。
「で、そういう訳なんだけど。全く俺たち困ったことになったな」
「いえ、全然私には関係ない話です」
 事件捜査に巻き込もうとする舟橋に、晶子はキッパリと拒絶の意志を示した。
「そう言うなよ、俺が木更津に行ったのも、元をたどれば市川の類まれな推理能力が原因みたいなもんなんだからさ、今回も協力してよ」
 この勝手な言いぶりに、向かい側に座る晶子はなるべく目の焦点を定めないようにした。
「はい、えーっともうこんな時間だ。大変、私戻らないといけないので、舟橋さんは千葉の激辛スポット巡りでもしていてください。では」
 晶子はトレイを持って食堂の席から腰を浮かした。
 その時、スマホのデフォルト着信音が鳴った。
「おっ噂をすれば早速、鴇田からLINEが来たぞ」舟橋はポケットからスマホを取り出した。
「舟橋さんも、スマホ使いになったんですね」
 スマホを睨みながらニヤリとする舟橋。
「ちょっと前からね、娘から『緊急連絡する時に必要だから』って言われて、俺のクレジットカードで娘の分も一緒に買わされた。しかも通話料まとめて俺払い。なのに娘からの連絡は全くなし」
「別居中のパパは辛いですね」
 晶子は立ったまま憐れみの目で見た。
「ちょっと、LINEみるよ」
 そう律義に断ると、舟橋は老眼鏡を取り出し画面を凝視した。
「なになに、『先輩だけが頼りです。俺の信念を証明してくださいって』だって。なかなかかわいいやつじゃないか、なぁ」と晶子に同意を求めた。
「何が『なぁ』ですか。舟橋さんの話を聞いていると、その後輩は刑事属性ないですね、早くデスクワークに異動したほうがいいですよ」
「そういわずにさぁ、相談に市川も乗ってあげてよ、こいつも必死なんだから。ほら見て、この画面」
 そういって舟橋はスマホを晶子の方に向けた。気乗りしないが一応その画面をのぞき込んだ。
 突然、妙な胸騒ぎがしてきた。
 何か気になる。でも、そんな訳ない。

「舟橋さん、ちょっと貸してください」
「どうぞAPPLEだぞ」
 変な自慢をする舟橋だが、晶子が確認したかったのはLINEの内容ではない。そのアイコンだった。
 なぜなら、そこには信じられないくらいの爆イケメンが写っていたからだ。俳優の岡田健史似のイケメンが、片手を前に突き出し笑顔でポーズする写真がアイコンになっていた。
「もしかして、この人が舟橋さんの後輩ですか?」
 晶子はトレイを置いて座席に座り直した。
「そうだよ、さっき言った鴇田ね」
「この写真も、その人で間違いないですか?」
 何気ないふりをして晶子は舟橋に確認させた。
「そうだよ、どうかした?」
 マジか。この画像が本物だったらエライことだ。ただ、そう簡単には信じられない。念には念を入れないと。
 晶子が立ち去りかねていると。
「鴇田の身長は、一八〇センチ位だったかなぁ、もうちょっと高いかもしれない。まだ確か、独身、彼女は今いないとか言ってたな」
 聞いてもいない追加情報を舟橋が出して来た。
「年齢は確か二十八、九歳位だったかな。三十前に結婚しろと親から言われているそうだ」
「いや聞いてないですけど……(タメなのか)」
 いらん情報にも晶子はドキドキし始めた。
 それくらい、ちょっと千葉では見かけないレベルの、鴇田は『顔面天然記念物級イケメン』だった。
「子供達からは、わりと好かれるとか言ってたな」さらに舟橋は情報を盛り続ける。
「だから聞いてないですけど……」
 いや知りたいけど、このオジさんからは聞きたくない。
「でも、今回のような不手際起こしたから、この先出世は望めないな。公務員は減点主義だから、大手柄でもあげて挽回しない限り、希望する刑事課異動は絶対無理。刑務所勤務とかもあるかもな。鴇田は子供の頃から刑事になるのが夢だったらしいんだが、かわいそうにな」
 舟橋はやけに感情を込めた言い方をした。
「いや私ただの受付ですから、そんなこと分かるわけ無いですよぉ」
 あからさまに捜査へ晶子を巻き込もうとする。ただ舟橋への拒絶も、いつもより優しくなってしまう。そして、鴇田への興味がどんどんわいてくる。
 ここは冷静にならないと、このままでは舟橋の術中にハマってしまう。
「えーっと、こちらの方、鴇田さんでしたっけ? すいぶん思い込み激しい人なんじゃないですか、だって被害者の顔をほんのちょっと見ただけで『無念そうな表情だから自然死じゃないはずって』って言うのは、ちょっと単純すぎじゃないですか」
 二十八才未婚で彼女無しの顔面天然記念物には、何か欠点があるに決まっている。そうとしか考えられない。
 晶子のひとまずの警戒心表明に、舟橋は軽く首を振った。
「違うんだよ。もう一つ徹底的なものを鴇田は見てるんだよ」
「また、急に怪しい前振り、それって何なんですか」
「鴇田が被害者の部屋に入った時、床に『紙』があったそうなんだよ」
「ただ紙があったって言い方あります? 何の紙ですか」
「そう鴇田が言うんだからしょうがない。多分メモのことだと俺も思う。そこに被害者の筆跡で走り書きがしてあったそうだ」
「うわ、もったいぶりますね、なんて書いてあったんですか」
 舟橋は間を一拍あけた。
「そのメモには『二十人殺す』って書いてあったらしい」
 いたって真面目そうな顔で猟奇的なことを言い出した。
「うわ、何ですかそれ、めちゃめちゃ怪しいじゃないですか」
「そうだ、ダイイングメッセージと言ってもいいなこれは」
「でも、そんなこと書いてあるのに、何で君津署は事件性なしの、病死扱いにしてるんですか? おかしいですよね」
「なっ、おかしいだろ。でも、その辺のことは鴇田本人じゃないと分からない」

 ここで晶子は朝の『占い天気予報』を頭の奥から引っ張り出し妄想に入った。
『新しい出会いにワクワクする一日です』とか言っていたな。どうせ適当に寝不足の番組スタッフが思いつきで張り付けた言葉なのかもしれないが、占いランキング一位とするからには、それを裏付ける何かしらの理由があるはずと信じたい。占い自体を信じているわけではないが、不思議な運命というものは否定できない。だって、毎週宝くじではどこかの誰かは一億円を当てている。運というものが人の生き方に関与していることは否定できない。いや人生を左右することもあるはずだ。
 無骨な警察官だらけの職場で、朝から夕方まで変化のない退屈な仕事を薄給で真面目にやり続ける私。満員電車ではきもい親爺に至近距離からにらまれ、昼はヒマな定年前の警察官の無駄話にも付き合っている私。今まで運というものに頼ることをしてこなかった。いやむしろ運から無視され続けてきた。つまり、これを逆に、逆に考えると、二〇代女子の平均値からすると相当私には『運』のポイントが知らないうちに溜まっているはずだ。

 短時間の妄想を経た結果、晶子が発した言葉は、
「謹慎中の鴇田さんに、会わないことには話が進みませんね」
 普段用心深い晶子にしては、直球で、無防備で、素朴すぎる決定だった。
「えっ、捜査協力してくれんの?」
 お茶を飲んでいた舟橋は咳き込んだ。
「お話を伺ってますと、今回の事件は急を要しそうですね。どうしても事件の印象が薄まる前に、しっかり聞き取り再調査をしておく必要がありますね」
 熱くなりかけた心を悟られないよう、晶子は努めて冷静さを装った。
「あれぇ、いつもよりやる気じゃないか」
 舟橋の勘はこういう時だけ良い。
「そんなことないですよ、舟橋さんに任せておくと、またお得意の暗礁に乗り上げちゃうじゃないですか、それを心配してるんですよ。スケジュールは、そうですね……」
 晶子はスマホを取り出してスケジュールを確認した。
「今週土曜日とかどうですか、先方様のアポイントお願いします」
「えっ、俺土曜日髪切りにいくつもりなんだけど。別に行かなくても、お前がここで推理してくれたら、俺の方で何とかするからさ……」言い出した舟橋の方が慌てていた。
「ダメですね。ここじゃ、何もわかりませんね。現地の匂いや空気を知ることで真実は語りかけるもんなんですよ」
 舟橋はちょっと考えるような顔をして、「まぁ君津に忘れ物もしてきたから、そのうち行くつもりだったんだけどさ、日曜じゃだめか?」と提案してきた。
 晶子は首を横に振る。
「一日経つとそれだけ、証拠が薄れていく、そう横山秀夫先生も言ってますよ」
「横山秀夫が言ってるのか、じゃあしょうがないなぁ、土曜に行くか」
 即リスケしたあと、舟橋は悪い顔をして晶子をのぞき込んだ。「でも珍しいな、お前がそんなやる気になるのは、何か他に目的でもあるのか」
 晶子はさりげなく窓の外に目線を動かし「まぁ、舟橋さんの良く言う、乗り掛かった舟ですよ」と軽く答えた。
「お前の魂胆は分かっている。また、俺にメシおごらせようとか考えているんじゃないの?」
 舟橋は何も気づいていなかった。
「相当、がめつい女だと思ってますね。私だって警察の末端でご奉公する身です。一人の警官が真相解明に苦しんでいるのは、ほっとけません。しかも現場に、ダイイングメッセージがある事件なんて、一生に一度あるかないかですよ」
 晶子が逆に迫る形になっていた。
「でもなぁ、鴇田もそそっかしいところあるからなぁ。大丈夫かなぁ」
「しっかりしてください! 大事な後輩なんでしょ」
 舟橋はまたちょっと考えるそぶりを見せた後、
「よし、分かった。俺も先輩だ、土曜まで待てない。明日すぐ行こう。市川、金曜仕事休め」
「明日は無理。土曜が色々都合いいんです」
「分かったよ」
「一応捜査協力ですので、お礼はアマゾンギフト券でお願いします。別途交通費・諸経費は舟橋さん持ちでお願いしますね」と付け加えると、晶子はトレイを持ってさっさと席を離れた。
「どんどん、遠慮なくなっていくなぁ……」
 残された舟橋は残ったサービスの味噌汁を飲み干した。
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