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「当日のディスプレイ案、改めてメールで送りますね」
 チーフデザイナーである加納が、手元のノートパソコンを閉じて言った。
「よろしくお願いします」
 加納の向かいに座っていた一条 響いちじょう ひびきも、端末の電源を落とす。
 下まで送りますと席を立つ加納に響は礼を言い、一緒に部屋を出た。 
「一条さん、少しそこで止まってもらえますか」
 階段の途中、ちょうど踊り場に差し掛かったところで加納に声をかけられた。
 言われた通り足を止めると、加納が後ろに一歩引き、じっと響を見る。
「その『カラー』、植物と合わせるのもアリですね」
 一枚の絵か、もしくは宣材資料を眺めるように加納が言う。
 響は彼の言葉の意味を理解し、自身のシャツの襟元に指を入れた。
 首に巻かれた『カラー』――チョーカーのようでいて、また特別な意味を持つアクセサリー――が、加納によく見えるように。
「色鮮やかな植物の方が、カラーが映えるかな」
 響のカラーと、背景となっている植物のを重ねて見ながら、加納が独り言のように呟く。
「ディスプレイ案、ちょっと追加してもいいですか?」
「もちろんです」
 再び歩き始めた加納の横に並び、響もまた階段を降りる。
 今響が身につけているカラーは、大手EC企業が主催するコンペクション用の試作品プロトモデルだ。
 響が友人と立ち上げたマーケティング会社『UniteWaveユナイト・ウェイブ』と、加納のデザイン事務所は、コンペに向けてカラーの共同製作を進めている。
「コンペの一次審査の結果、もうすぐ出ますよね」
「はい。連絡が来るのは、来月頭くらいかな。そこからはプロモーションの嵐です」
 加納に答えながら、響は襟元を整えた。 
 コンペはすでに一次審査が終了し、今はその結果待ちだ。一次を通過できるのが五社、さらに最終審査で選ばれた上位二社のカラーが商品化される。
 一次が落選ならば今日の打ち合わせを含め、ここ数ヶ月の仕事全てが無駄になるけれど、ただ結果を待っているだけでは今後のスケジュールに間に合わない。
 それに、落選するなんていう考えは、響には微塵も存在していない。
 加納のデザインセンスは申し分ないし、カラーのコンセプトや性能、マーケティング戦略だって他社より秀でている自信がある。
 大手企業が主催するコンペだから、注目度もかなり高い。それが“オメガ”専用のアクセサリーであるカラーともなれば、ファッション業界に留まらず、多方面から関心を集めるのは間違いない。

 数十年前、男女の性に加え、人類は『バース性』と呼ばれる新たな性質を持つようになった。
 『アルファ』『オメガ』『ベータ』という、三つの異なる特徴が生まれ、人類の進化は大きく変化した。
 といっても、人口の約八割は、特別な能力や生物学的変化を持たないベータであり、多くの人々はバース性の影響を受けることなく生活している。
 特別な――いい意味でも、悪い意味でも――存在として位置づけられているのは、アルファとオメガだ。ともにその数は人口の十パーセント程度で、希少種として扱われる。
 特にアルファは、高い身体能力や優れた頭脳を持ち、強力なカリスマ性をも備える者が多く、“いい意味”の、特別な存在として讃えられ、羨望される。
 国や企業の主要人物、各界の著名人や一流スポーツ選手には、このアルファ性が圧倒的数を占めている。
 そして、この世界において“悪い意味”で特別なのが、もう一つの希少種、オメガだ。
 オメガには発情期、通称ヒートと呼ばれる現象が周期的に起こる。
 ヒート期間は本人の意思に関係なく、性的欲求が異常に高まる。外出もままならず、日常生活に支障をきたすほどなので、仕事も勉強も何も出来なくなる。発情すること以外は何も。
 この身体的特徴により、ほとんどのオメガは社会的地位が低く、劣等種とみなされている。
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