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 壱弥の返答に、響と英司は互いに目をやる。
 やっぱり彼はF・アルファだ。
 F・アルファ――正式名称、フィアラル・アルファ。
 稀少種アルファの中でも0.0005%程度、国内におよそ百人程度しか確認されておらず、その生態のほとんどが未解明だ。
 現時点で知られている主な特徴は、身体能力は通常のアルファよりも優れているが、知能が低く小学生程度のIQしかないということ。
 そして、F・アルファの一番の特異性として上げられるのが、オメガのフェロモンに影響を受けず、ヒートフェロモンで発情しないということだ。
 知能指数と繁殖能力が劣り、身体能力のみが異常に特化していることから、フィアラル(野生的・凶暴・野蛮)と名付けられ、 "野生アルファ" とも呼ばれている。
 地下鉄で響を助けてくれた超人的な身体能力と、年齢の割に幼さが目立つ言動、ヒートフェロモンが詰め込まれたあの空間に、抑制剤なしで居られたこと。
 壱弥のそれら全ては、F・アルファの特徴と一致する。
「……神様」
 壱弥が響を呼んだ。
 その声は小さく、まるで叱られた子供のように不安げだった。
「……俺は、フィアラルだけど……でも、凶暴じゃない。暴力なんてしないよ。……だからまだ、追い出さないで。もう少しだけ、神様と一緒にいたい。あの……あと三十分とか、十五分でもいいから」
 大きな身体を縮め、男が必死に言葉を繋ぐ。
 凶暴じゃない。追い出さないで。
 彼の言葉だけで、今までF・アルファとしてどんな風に扱われてきたかが分かった。
「オッケー。だったらひとつ、提案がある」
 英司が左の口角を上げ、楽しそうに目を細める。
 この男が今のように、何かを企んでいる顔で提案を申し出た場合、響は笑顔で彼に賛同するか、呆れ顔で却下するかの、どちらかのリアクションを取ることが常だ。
「壱弥くん。うちで働かない?」
 今回はどっちだと身構えていた響は、どちらの反応も示せなかった。
 あまりに唐突すぎて。
 代わりに壱弥が、目を大きく見開き、それでも即座に「働く!」と答える。
「よし。良い返事だ。ボス、彼を採用しようと思うんだけど」
「……待て。俺にも分かるように、採用理由を説明して」
 響は答えながら、カフェスペースへ向かう。カフェインが欲しくなる話が、きっと今から始まるはずだ。
「それじゃあ、簡潔にまとめるよ。彼の採用理由は、響が一条グループの御曹司様であり、オメガであり、長期コンペが始まっているからだ。そして、壱弥くんが素晴らしい身体能力を持ち、オメガのフェロモンに影響されないF・アルファだから。もちろん、彼の身辺調査はするけどね」
 歯切れよく説明する英司に、響はコーヒーを飲みながら考える。
「……彼の為に新しい部署が必要になるな?セキュリティ課?」
「民間の身辺警護ボディーガードを雇うよりいいと思うけど。俺がクズなアルファだったら、バース性を偽ってどうにか潜り込んで、お前の首を噛むことに全力を注ぐね」
「つくづくお前がベータで良かったよ」
 英司に呆れる一方で、実際、似たようなことを考えるアルファは決して少なくないだろうと思った。
 バース性の特徴の一つに、オメガとアルファのつがいといわれるシステムがある。ヒートを起こしたオメガの首後ろを、オメガのフェロモンに当てられ発情したアルファが噛むことで、番関係が成立する。
 番は、簡単にいえばパートナー契約だ。
 強力で、理不尽で、響にいわせればクソみたいなシステム。
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