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 内容を確認すると、送信元はコンペの主催会社で、一次審査通過の知らせだった。
 間違いなく通過するとは思っていたけれど、やはり嬉しい。
「よし。分かってたけど、一応乾杯しとくか」
 英司が笑う。彼にも同じメールが届いたらしい。
「なに?」
 壱弥がサンドイッチから顔をあげる。
「コンペの一次に合格したんだよ。引き続き、最終審査に向けて頑張ろう」
 響がコーヒーカップを軽くかかげると、英司も、それを真似て壱弥も自分のドリンクを持ち上げた。
「最終審査って、なにするの?」
 尋ねる壱弥に、響は今回のコンペの概要を簡単に説明する。
 最終審査は来年の二月。
 一千人前後が来場する会場内で、一次審査を通過した五社が自分たちカラーのプレゼンを行う。
 その様子はネットでもリアルタイム配信され、コンペ関係者とイベント来場者、ネット視聴者からも投票を受け付け一位と二位のカラーを決める。
 同会場ではアーティストによるライブなども開催され、そこでカラーの商品化が決まれば当然大きな話題になるし、かなりの売り上げが期待出来る。
「コンペ取ったら、その後の方が大変だろうな。取材やら発売イベントやら、当分休みねぇな」
 英司がわざと大きな溜め息を吐く。
「取ったら、だろ」
「取ること確定なスケジュール組んでてよく言うわ」
 呆れたように言う英司に笑い、響は腕時計を見た。
 英司が担当する取引先のアポの時間と、響の定期健診の予定時刻が迫っている。
「そろそろ行くぞ」
 皆が食事を終えていることを確認し立ち上がる。
 英司の愛車の運転席には壱弥が座り、英司をクライアント企業の近くで降ろし、響は幼少期から世話になっている病院へ向かった。

 九段下にある私立病院の診療室は、座り心地のいいソファや壁がけの大画面テレビ、コーヒーメーカーなどのミニバーも備わっていて、まるでホテルのような雰囲気だ。
 最新の医療機器や腕の良い医師が揃っているだけでなく、皇族や政治家、芸能人といったセレブリティの利用が多い為、患者のプライバシー管理も徹底している。
 響の家族や一条グループの幹部達も、皆この病院を常用していた。
「うん。特に問題はなさそうだね」
 主治医である木之原きのはらが、電子カルテから響へ視線を移した。
 眼鏡の奥に、柔和な目尻の皺が見える。白髪混じりの髪を綺麗に後ろに撫で付けた、五十代半ばの紳士的な雰囲気の男だ。
 響が後天性オメガだと診断を受けた時、その検査を担当したのが木之原だった。
 戸惑い混乱する響に寄り沿ってくれて、その後も響の心身のケアに尽くしてくれている。
 彼が担当医になってくれたことは、まさに不幸中の幸いだと思う。響は木之原の医者としての能力も、患者に対する誠実で真摯な姿勢も尊敬している。
「あの地下鉄の事件以降、体調は悪くなったりしてない?」
「はい。大丈夫です」
「よかった。次のヒートの予定は……一ヶ月くらい先かな」
 オメガのヒートは、その頻度も期間も個人差が大きい。響は三ヶ月に一回、大体三、四日かけて落ち着いていく。
 他のオメガと響が決定的に違うのは、ヒート時の症状だ。
 ノーマルなオメガは、発情し身体がアルファを欲するのに対し、響は性的欲求をほぼ感じない。代わりに気分が悪くなり、ウイルス性の胃腸風邪にでもかかったように胸がジクジクとむかつき、嘔吐感に襲われる。
 他のオメガのフェロモンに対して発症する症状が、自身のフェロモンに対しても表れるのだ。
 ヒート期間中発情し続けるのも辛いだろうが、げえげえと吐き続けるのもかなりキツい。考えただけで憂鬱になり、思わず溜め息をこぼした。
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