夫の初恋の君が家へ訪ねて来ました

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アシュレッド視点

俺はもうすぐ立太子されるアストマイオス殿下の側近としてずっと仕えてきた。
そのせいで学園生活は地獄だった。

その元凶はキャサリーン・ペリルド侯爵令嬢だ。
彼女はその美しさで殿下の婚約者となった。
けれどもその美しさの裏には、強欲で醜い素顔が隠されていて、成長と共に彼女の悪辣さが露になった。

自らは慈悲深い人柄であるかのように振る舞いながら、影では自分の信者である人物を動かして、邪魔な令嬢を排除する。

それに気付いた王家が彼女の暴挙を止めるため、私に監視を命じた。

将来的には王家の諜報部門を取り仕切る私に与えられた任務だった。

彼女は本当に我が儘で、自分の信者以外の人間が傍に居る事を嫌う。
彼女の監視がし易いように、俺は阿呆みたいにヘラヘラ笑って学園生活を送る事になった。

作り笑いに疲れきった俺が一人になるため、よく通ったのは学園の図書館。

そこで、テティスと出会った。

学年も違って接点も無く、話し掛けることも無かったが、疲れきって不機嫌顔の俺が居ても、彼女は部屋を出る事も無く、その場に居てくれた。

古い図書館に生徒は殆ど訪れない。
静寂の中、ページを捲る音と、時々鳴る椅子の軋み。 


その時間が俺の心の痣を宥めるようで、安らかな気持ちになる。


古い本に囲まれくすんだ色彩の中、光を受けて反射する埃が僅かに宙を舞う。
奥の部屋は上方に小さな窓があり、そこから真っ直ぐ差し込む光に照らされた彼女をそっと見ていた。


本に集中し過ぎて疲れると、近くにいる彼女に視線を移す。
彼女は本に入り込むたちらしい。
楽しそうな表情だったり、眉間に皺を寄せていたり……。
眺めていると温かい気分になれた。
険しい顔で図書館に行っても、帰る頃には笑顔を作る余裕が出来る。

彼女と共に生活出来たら、きっと心の休まる温かい家庭が築けるだろう。


この先の人生を共に過ごすなら彼女がいい。

薄くぼんやりした輪郭のこの気持ちが、恋心かどうかなんて分からなかった。

けれど確かに彼女との時間は必要で、いつしか俺ははっきりと自分の気持ちを自覚した。

俺は彼女に求婚するつもりで、素性を調べ、婚約の申し込みが出来るよう手筈を整えた。
学園生活でも彼女がチラチラ俺を見ている視線には気付いていた。

話した事もない彼女との生活を夢に描く。

悪評高いキャサリーンが断罪されれば、俺はお役御免だ。
俺の中で彼女との結婚は決定事項で、それだけを楽しみにしていた。

けれど、ペリルド侯爵が投獄された後のキャサリーンの処遇が問題となった。
夫人と娘は侯爵の犯罪には関係無く、平民として過ごす事になったのだ。

「アシュ、すまないがお前からという名目でキャサリーンに援助して欲しい。」
「は?」
「あの二人にはどう考えても娼館しか働き場所が無い。キャサリーンはお妃教育も受けている。王宮の緊急時の秘密通路や、宝物庫の場所も予想が付くだろう。王宮の内情も。頭の切れる者が聞けばその情報には充分な価値がある。そんな事を娼館の客やら外部の者にペラペラ喋られたら困る。お前からの援助と言えば受け入れるだろう。護衛との名目で見張りも付けたい。まだ妃の座を諦めていないようなんだ。フローラを守りたい。」

やっと下りられる役目が続く事に俺は立場を忘れて反発した。

「修道院にでも入れるか軟禁しろよ!」

「まだ、駄目だ。ペリルド侯爵家は名門だった。力を持った貴族を王家が難癖つけて処分したと思われると不味い。他の貴族との信頼関係が成り立たなくなる。特に高位貴族との信頼関係がな。」

頭では王家の命令を受ける以外選択肢は無いが、それでも俺は不満だった。

「侯爵は処罰できたんだろう?」
「ああ、侯爵はしっかりとした証拠も見付かっている。けど、妻と娘は直接関わっていない。証拠が無いんだ。」
「どうするんだ?」
「ほとぼりが冷めて、あの親子が完全に貴族社会から忘れられて影響力を失ってから何とかする。」

勿論金は王家から出すと言われて、仕方なく名前を貸した。

「お前はキャサリーンから警戒されてないからな。有り難いよ。」

キャサリーンと彼女の周囲の人間は、俺がキャサリーンに惚れていると本気で思っていた。

「俺は覚えてないんだけど、母が昔の話を何回も蒸し返すから。」

母は幼い私の求婚を、我が子の可愛い逸話の一つとしてお茶会でご婦人たちに披露していた。
それが四歳の時のプロポーズ。

庭園で遊んでいた時に、俺の背中に虫がくっついて、キャサリーンが取って虫を踏みつけたらしい。俺は甚く感動して、キャサリーンと結婚すれば、これから虫に怯えずに庭園で遊べると言って、キャサリーンにプロポーズしたそうだ。

全く記憶に無い。
俺はキャサリーンが好きだったことなんて一度も無い。
ただ、俺がキャサリーンを見張るために、噂は好都合だったので放置していたが………。

「俺はテティスと結婚するんだ。もし、キャサリーンの標的がフローラからテティスに移ったらその時は俺はキャサリーンの見張り役を降りる。もし、テティスに迷惑かけたら、キャサリーンの後始末はお前がしろよ!」

それだけは絶対譲れない条件だった。

「分かった。あいつはまだ王太子妃に執着してる。そんなに簡単にフローラを諦めるとは思えないがな。」

学園ではフローラはキャサリーンにかなりの嫌がらせを受けていた。
キャサリーンの信者である女子生徒がフローラを階段から突き落とした事もある。
けれど、キャサリーンは直接手を下さないから罰する事が出来なかった。

「ほとぼりが冷めるまで。」

殿下はそう言ったが、彼女はかなりの金額の援助を望んだ。

キャサリーンは平民になってからも相変わらず横暴だった。
彼女の熱心な信者である侍女を雇う事を望み、通いの料理人も手配した。
侯爵家だった頃と変わらない生活。
お茶会や夜会があるわけでも無いのに、豪華なドレスと宝石を買う。
そんな彼女を見ていると、王太子妃にならなくて良かったと心底思う。

キャサリーンは貴族でなくなったにも関わらず、フローラ様に張り合うように着飾って、殿下との接触を図っていたが、一年を過ぎた辺りから殿下を諦める様子を見せていた。

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