2 / 25
恋人のフリですか?
しおりを挟む会場に音楽が流れダンスが始まると人々の興味もそちらの方に移ったようだ。遠くに私の友人たちが見えるけれど、わざわざ慰めを求めて赴く気にはなれない。
アンドレア様とビビアン様は手を取り合いさざめく人並みに紛れていった。
想い人にダンスを申し込まれた令嬢が頬を染めて嬉しそうに微笑む。会場のあちこちで繰り広げられるそんな光景を見ながら、私はバルコニーに向かった。
(先客ね……)
三ヶ所あるバルコニーには全て恋人同士らしき男女の姿があった。愛を語り合い二人の世界を作り上げているのだろう。
そんな場所にお邪魔する勇気は無い。
もうひっそりと目立たず過ごしたい。
私は壁の花となるべく、室内に戻った。
「わぁーお似合いね……」
「ご覧になって!微笑みの貴公子様がダンスをなさるわ。相変わらず素敵ね」
いつもながら彼は周りの令嬢たちの視線を独占していた。甘いマスクにスマートな身のこなし。憧れる令嬢は多い。
どうしてこんな嫁き遅れの私が婚約者だったのかと思う……。
きっとお父様が強引に縁談をまとめたのだ……。
遠くで踊る二人を眺めながら溜息を吐いた。
また、お父様にお願いして結婚相手を探してもらわないと……。
ぼぉーっと二人が踊るのを見ていたら背後から男性に声を掛けられた。
「あれって、カリテス伯爵令嬢の婚約者ですよね?」
「いえ、たった今、婚約は解消したの」
振り向くとそこには精悍な顔立ちの男性が私に向かって微笑んでいた。
アンドレア様に負けないぐらい綺麗な顔立ち。
「僕の事、分かりますか?」
「ん?」
誰だろう?
アンドレア様以外でこんな美丈夫な人……しらない。
「ヴィア先生、僕はシリルです」
「ええっ?シリル様?あまりにも大人っぽくなっているから……。直ぐに分からなくてごめんなさい」
シリル様はグラディウス公爵家の嫡男で、私が家庭教師として受け持っていた生徒でもある。
私の祖母がラナンクルス王国から嫁いで来たので、私はラナン語が得意。その頃シリル様はラナンクルスへの留学を控えていて、私が家庭教師に選ばれたのだ。
「帰って来たのですね」
「ええ。3ヶ月ほど前ですが……」
「こんな大人っぽくなってるなんて……。見違えました」
シリル様の家庭教師をしていたのは、私が18~20歳の頃。もう5年ほど経つ。
その頃のシリル様はまだ背も低かったし声も高かくて……弟みたいに思っていた。
彼は13歳でラナンクルスへの留学に旅立って、それから5年。こんなに背が伸びて大人びた雰囲気になるなんて……。
今の彼は声も低くなって頬もスッキリしてる。白銀の真っ直ぐな髪に冷たい印象の切れ長の瞳。これは社交界でアンドレア様と人気を二分する存在になると思う。
「それよりヴィア先生、婚約を解消したって……?」
「仕方がないの……二人は運命的な出逢いをしたんですって……」
「ふ~ん」
二人は楽しそうに見つめ合いクスクスの忍び笑いを漏らしながらダンスを踊る。それは恋人同士の仲睦まじい光景。
私が落ち込んで見えたのだろうか?
シリル様は気遣わしげな視線で私を見つめた。
「じゃあ、ちょうど良いですね。ヴィア先生、僕と踊ってくれませんか?」
「「「きゃーーーーっ!!」」」
突然黄色い悲鳴が聞こえてきて、初めて気がついた。
いつの間にか私達は令嬢たちに囲まれていたのだ。
「え?シリル様、私と……?」
「ええ……。お願いします」
見渡すと、令嬢たちの視線はシリル様に釘付け。そっか……。彼、アンドレア様とは違ったタイプだけどかなりの美形だものね。
私は彼に強引に引っ張られて、ダンスを踊ることになった。
「どうでした?ラナンクルスへの留学は?」
私の質問にシリル様は嬉しそうに答えてくれた。充実した留学だったのだろう。ラナンクルスでは我が国より織物の加工技術が優れていることや食べ物が口に合わなくて苦労した事を話してくれる。
シリル様が笑うたび、周囲の令嬢からきゃーきゃーと黄色い声が上がるので若干気になりはしたけど……。
(氷の貴公子様が笑ったわ!)
(笑顔なんて初めて見たわ!素敵!)
(私はダンスを踊るのも初めて見たわ!)
どうやらシリル様には『氷の貴公子様』という二つ名が付いているらしい。
馬鹿らしいと思うけれど、10代の令嬢たちは恋に恋するお年頃。仕方がないのだ。
私だってどうかと思うようなセンスの二つ名を持つ令息を見て友人たちときゃーきゃー騒いでいた。
こんな風に楽しいのは若いうちだけだったなぁ……なんて思う。
「婚約は解消になったんですよね?ヴィア先生には他に想い人は居るのですか?」
「居ませんわ。きっとお父様が釣書を用意してくださるから、またその中から選ぶと思います」
この国の適齢期である18歳から22歳の時には、家庭教師の仕事や勉強が楽しくて時間を費やしてしまった。
25歳の私には、もうあまり良い縁談は来ないと思う。それでも、その中から選ばないと……。
「僕は?」
「え?」
「僕の婚約者になってもらえませんか?」
「シリル様の……?」
私が傷ついているから、こんな事を言ったのだろうか?所謂、同情ってやつだ。
七歳も年下の彼にこんなにも気を遣われているのが、惨めだった。
「無理です……。年も離れていますもの……」
未来の公爵閣下で、イケメンのシリル様はきっとモテる。今だって彼を見つめる令嬢たちの視線は熱い。
公爵家としても、もっと良い縁談を望むだろう。
「年下の僕は頼りないですか?」
「いえ……そういうわけでは……。ただ、まだお若いからご自分の可能性に気が付かれていないだけかと……。もっと素敵な人は沢山います」
「では、恋人のフリをしてくださいませんか?僕、もっと静かに過ごしたいのに、周囲が放っておいてくれないんですよね……。だから、ヴィア先生が恋人のフリをしてくれると助かります。ほら、ヴィア先生なら気心も知れてますし……。」
「もっと若くて綺麗な令嬢に頼んだ方が釣り合いが取れていると思いますが……?」
私とシリル様のカップルじゃ、周囲が納得しないと思う。
「僕が気軽に話せるのはヴィア先生だけです。どうか、お願いします」
5年間も留学していたから、彼には友人が少ないのかもしれない。
短期間ならしょうがないか……。
「分かりました。本当に好きな人が出来たら直ぐに教えてくださいね」
シリル様は私の返事を聞いてふわりと笑った。
こうして笑うとまだ幼さが残っていて、可愛い。絆されてしまいそうだ。
「恋人同士ですから、僕の事は『シリル』と。僕は『ヴィア』って呼びます。敬語もなしですよ?」
こうして、私はシリル様の恋人のフリをすることになった。
106
あなたにおすすめの小説
身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)
柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!)
辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。
結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。
正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。
さくっと読んでいただけるかと思います。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さくら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
答えられません、国家機密ですから
ととせ
恋愛
フェルディ男爵は「国家機密」を継承する特別な家だ。その後継であるジェシカは、伯爵邸のガゼボで令息セイルと向き合っていた。彼はジェシカを愛してると言うが、本当に欲しているのは「国家機密」であるのは明白。全てに疲れ果てていたジェシカは、一つの決断を彼に迫る。
女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です
くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」
身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。
期間は卒業まで。
彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。
【完結】王城文官は恋に疎い
ふじの
恋愛
「かしこまりました。殿下の名誉を守ることも、文官の務めにございます!」
「「「……(違う。そうじゃない)」」」
日々流れ込む膨大な書類の間で、真面目すぎる文官・セリーヌ・アシュレイ。業務最優先の彼女の前に、学院時代の同級生である第三王子カインが恋を成就させるために頻繁に関わってくる。様々な誘いは、セリーヌにとっては当然業務上の要件。
カインの家族も黙っていない。王家一丸となり、カインとセリーヌをくっつけるための“大作戦”を展開。二人の距離はぐっと縮まり、カインの想いは、セリーヌに届いていく…のか?
【全20話+番外編4話】
※他サイト様でも掲載しています。
伯爵令嬢の婚約解消理由
七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。
婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。
そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。
しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。
一体何があったのかというと、それは……
これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。
*本編は8話+番外編を載せる予定です。
*小説家になろうに同時掲載しております。
*なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。
侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい
花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。
ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。
あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…?
ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの??
そして婚約破棄はどうなるの???
ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる