微笑みの貴公子に婚約解消された私は氷の貴公子に恋人のふりを頼まれました

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恋人のフリですか?

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 会場に音楽が流れダンスが始まると人々の興味もそちらの方に移ったようだ。遠くに私の友人たちが見えるけれど、わざわざ慰めを求めて赴く気にはなれない。
 アンドレア様とビビアン様は手を取り合いさざめく人並みに紛れていった。



 想い人にダンスを申し込まれた令嬢が頬を染めて嬉しそうに微笑む。会場のあちこちで繰り広げられるそんな光景を見ながら、私はバルコニーに向かった。

(先客ね……)

 三ヶ所あるバルコニーには全て恋人同士らしき男女の姿があった。愛を語り合い二人の世界を作り上げているのだろう。

 そんな場所にお邪魔する勇気は無い。

 もうひっそりと目立たず過ごしたい。
 私は壁の花となるべく、室内に戻った。
 
「わぁーお似合いね……」
「ご覧になって!微笑みの貴公子様がダンスをなさるわ。相変わらず素敵ね」

 いつもながら彼は周りの令嬢たちの視線を独占していた。甘いマスクにスマートな身のこなし。憧れる令嬢は多い。
 どうしてこんな嫁き遅れの私が婚約者だったのかと思う……。
 きっとお父様が強引に縁談をまとめたのだ……。

 遠くで踊る二人を眺めながら溜息を吐いた。
 また、お父様にお願いして結婚相手を探してもらわないと……。
 
 ぼぉーっと二人が踊るのを見ていたら背後から男性に声を掛けられた。

「あれって、カリテス伯爵令嬢の婚約者ですよね?」
「いえ、たった今、婚約は解消したの」

 振り向くとそこには精悍な顔立ちの男性が私に向かって微笑んでいた。
 アンドレア様に負けないぐらい綺麗な顔立ち。

「僕の事、分かりますか?」
「ん?」

 誰だろう?
 アンドレア様以外でこんな美丈夫な人……しらない。

「ヴィア先生、僕はシリルです」

「ええっ?シリル様?あまりにも大人っぽくなっているから……。直ぐに分からなくてごめんなさい」
 
 シリル様はグラディウス公爵家の嫡男で、私が家庭教師として受け持っていた生徒でもある。

 私の祖母がラナンクルス王国から嫁いで来たので、私はラナン語が得意。その頃シリル様はラナンクルスへの留学を控えていて、私が家庭教師に選ばれたのだ。

「帰って来たのですね」
「ええ。3ヶ月ほど前ですが……」
「こんな大人っぽくなってるなんて……。見違えました」  

 シリル様の家庭教師をしていたのは、私が18~20歳の頃。もう5年ほど経つ。
 その頃のシリル様はまだ背も低かったし声も高かくて……弟みたいに思っていた。
 彼は13歳でラナンクルスへの留学に旅立って、それから5年。こんなに背が伸びて大人びた雰囲気になるなんて……。
 今の彼は声も低くなって頬もスッキリしてる。白銀の真っ直ぐな髪に冷たい印象の切れ長の瞳。これは社交界でアンドレア様と人気を二分する存在になると思う。

「それよりヴィア先生、婚約を解消したって……?」

「仕方がないの……二人は運命的な出逢いをしたんですって……」

「ふ~ん」

 二人は楽しそうに見つめ合いクスクスの忍び笑いを漏らしながらダンスを踊る。それは恋人同士の仲睦まじい光景。

 私が落ち込んで見えたのだろうか?

 シリル様は気遣わしげな視線で私を見つめた。

「じゃあ、ちょうど良いですね。ヴィア先生、僕と踊ってくれませんか?」

「「「きゃーーーーっ!!」」」

 
 突然黄色い悲鳴が聞こえてきて、初めて気がついた。

 いつの間にか私達は令嬢たちに囲まれていたのだ。

「え?シリル様、私と……?」

「ええ……。お願いします」

 見渡すと、令嬢たちの視線はシリル様に釘付け。そっか……。彼、アンドレア様とは違ったタイプだけどかなりの美形だものね。

 私は彼に強引に引っ張られて、ダンスを踊ることになった。

「どうでした?ラナンクルスへの留学は?」

 私の質問にシリル様は嬉しそうに答えてくれた。充実した留学だったのだろう。ラナンクルスでは我が国より織物の加工技術が優れていることや食べ物が口に合わなくて苦労した事を話してくれる。

 シリル様が笑うたび、周囲の令嬢からきゃーきゃーと黄色い声が上がるので若干気になりはしたけど……。

(氷の貴公子様が笑ったわ!)
(笑顔なんて初めて見たわ!素敵!)
(私はダンスを踊るのも初めて見たわ!)
 どうやらシリル様には『氷の貴公子様』という二つ名が付いているらしい。

 馬鹿らしいと思うけれど、10代の令嬢たちは恋に恋するお年頃。仕方がないのだ。

 私だってどうかと思うようなセンスの二つ名を持つ令息を見て友人たちときゃーきゃー騒いでいた。
 こんな風に楽しいのは若いうちだけだったなぁ……なんて思う。 

「婚約は解消になったんですよね?ヴィア先生には他に想い人は居るのですか?」

「居ませんわ。きっとお父様が釣書を用意してくださるから、またその中から選ぶと思います」

 この国の適齢期である18歳から22歳の時には、家庭教師の仕事や勉強が楽しくて時間を費やしてしまった。
 25歳の私には、もうあまり良い縁談は来ないと思う。それでも、その中から選ばないと……。

「僕は?」

「え?」

「僕の婚約者になってもらえませんか?」

「シリル様の……?」

 私が傷ついているから、こんな事を言ったのだろうか?所謂、同情ってやつだ。
 七歳も年下の彼にこんなにも気を遣われているのが、惨めだった。

「無理です……。年も離れていますもの……」

 未来の公爵閣下で、イケメンのシリル様はきっとモテる。今だって彼を見つめる令嬢たちの視線は熱い。
 公爵家としても、もっと良い縁談を望むだろう。

「年下の僕は頼りないですか?」

「いえ……そういうわけでは……。ただ、まだお若いからご自分の可能性に気が付かれていないだけかと……。もっと素敵な人は沢山います」

「では、恋人のフリをしてくださいませんか?僕、もっと静かに過ごしたいのに、周囲が放っておいてくれないんですよね……。だから、ヴィア先生が恋人のフリをしてくれると助かります。ほら、ヴィア先生なら気心も知れてますし……。」

「もっと若くて綺麗な令嬢に頼んだ方が釣り合いが取れていると思いますが……?」

 私とシリル様のカップルじゃ、周囲が納得しないと思う。

「僕が気軽に話せるのはヴィア先生だけです。どうか、お願いします」

 5年間も留学していたから、彼には友人が少ないのかもしれない。
 短期間ならしょうがないか……。

「分かりました。本当に好きな人が出来たら直ぐに教えてくださいね」

 シリル様は私の返事を聞いてふわりと笑った。
 こうして笑うとまだ幼さが残っていて、可愛い。絆されてしまいそうだ。

「恋人同士ですから、僕の事は『シリル』と。僕は『ヴィア』って呼びます。敬語もなしですよ?」

 こうして、私はシリル様の恋人のフリをすることになった。


 
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