微笑みの貴公子に婚約解消された私は氷の貴公子に恋人のふりを頼まれました

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本物の恋人に?

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 王太子殿下主催の狩猟会が終わり2週間が過ぎた。  
 まだ発表されていないけれど、結界に穴を開けた犯人は捕まっているという噂だ。

 シリル様は事件の調査で忙しいみたいで暫く会っていなかった。

 一方、私はというと、平穏な日々。
 
 今日も特に予定は無くて、部屋でゆっくりお茶を飲みながら本を読んでいた。けれど、その穏やかな時間を壊すみたいな勢いで、ベテラン執事が慌てて部屋に入ってきた。

「お嬢様、大変です。王家から先触れがあり、今から王太子殿下がお忍びで来られ、お嬢様に会いたいそうです」

「え?……で、殿下?」

 王太子殿下が我が家に来る用事なんて無いはず。考えられるとすれば、シリル様との事。
 そういえば、狩猟会で会う予定だった。

「分かりました。断るわけには、もちろんいかないわよね?」

「ええ……そうですね」
 
 シリル様が居なくて不安だけど、お忍びって言ってたし、大丈夫かしら?

 


~・~・~・~・~




「突然すまない。どうしてもフラヴィア嬢と直接話をしてみたくてね」

「はい」

 お忍びっていってたけど、王太子殿下は本当にラフな服装でやってきた。シリル様みたいな美しいお顔では無いけれど、クールな雰囲気と洗練された身のこなしは充分に格好いい。

「カリテス伯爵邸に来るのは初めてだな。庭園を案内してくれないか?」

「はい。畏まりました」

「出来ればラナン語で」

「?……は、はい」

 不思議な要求だった。
 王太子殿下は私がシリル様に相応しいかどうか試そうとしているのかしら?

 とはいえ、私は殿下に言われた通り庭園に咲く花々の特徴をラナン語で説明しながら歩いた。殿下も完璧な発音のラナン語で質問してくる。
 やがて花から、花の原産国へと話が移り、他国の文化についての話題で盛り上がった。

 王太子殿下って堅物でちょっと怖そうな印象だったけど、笑うと少年っぽい感じがして少し親しみが持てる。
 初めは緊張しながら話していたのに、いつの間にか緊張も解れ、笑顔で会話を楽しんでいた。

 だから油断していたんだと思う。

「君はシリルと恋仲だと聞いたが、本当かい?」

「え?」

 ふと顔を上げると殿下は私のすぐ目の前にいた。今まで笑っていたと思うのに、すごく真剣な顔。そして、近いっ。

「俺には二人は恋人のフリをしているように見えるな」

 殿下は私を真っ直ぐに見据えて、ずばりと聞いてきた。
 不意をつかれ、固まってしまった私を殿下はじっと見つめる。私の胸の奥の感情を探るようなそんな視線。
 
 噂通り、とても優秀な人物なのだろう。
 
 私は引き攣りそうになる頬をかろうじて緩めた。

「私達は本物の恋人です」

「本当に?」

 その鋭い瞳に私は無力だ。思わず視線を彷徨わせると、背後から力強い腕に絡めとられた。
 え?誰?
 見上げるとーー

「シリル様?」

 思わず『様』をつけて読んでしまうと、彼はそっと私の唇に人差し指を当てた。

「シリル、でしょ」

 優しく窘められて、今度は額に唇を押し当てられた。シリル様が耳元で「会いたかった」なんて囁くから胸が擽ったい。

「殿下、彼女は間違い無く、僕の恋人です。ちょっかいを出すのは止めてください」

 シリルは顔を上げると、真剣な顔で殿下に抗議した。

「はは、間に合ってしまったか……」

「ええ、あまりにも急に僕に仕事を押し付けるので怪しいと思いましたよ」

「ああ、悪かったな」

「僕の居ない所でヴィアに会わないでください」

 シリル様、怒っているのかしら。
 声がいつになく苛立っているような?
 
「そうするよ。シリルに嫌われるのは俺も困るからな。それに……」

「それに?」

「こんなに嘘が下手だと、俺の妃としては苦労しそうだ。俺はもう少し嘘の上手い女性を探すよ」

 バレてたーー
 私が即答しなかったのがいけなかったのね。
 
「とはいえ、素晴らしい女性だと思う。シリル、彼女を大切にしてくれ。フラヴィア嬢、今日は楽しかったよ。ありがとう」

 シリル様の腕に抱かれたまま、殿下を見送った。こんな体勢で失礼だと思うのだけど……。
 シリル様は殿下を警戒するように私を離してくれない。そんなに警戒しなくても良いと思うのに……。





「シリル、久しぶりね」

「ヴィア……」

 シリル様は私の肩に顔を埋めたまま……。なかなか顔を上げようとはしない。何だか拗ねているみたいで可愛い。
 
「シリル?」

「ヴィア、殿下のことどう思う?」

「どうって、すごく鋭くて頭の良い人ね。国を率いてくれる人だと思うと頼もしいわ」

「……男としては……?」

「素敵だと思う。でも、ちょっと何考えているか分からなくて怖いかな?」

「……」

「ねぇ?どうしたの?」

 シリルは漸く顔を上げ、そして私の両肩に手を置いた。真っ直ぐ視線を合わせられると、彼の真剣な瞳が私を射抜く。

「突然ごめん。今日は正式に結婚を申し込みに来たんだ」

「え?」

「本当は、もっとヴィアに男として意識してもらってから結婚を申し込みたかったんだけど……。殿下から正式な婚約の打診があったら断れないだろう?……だから……」

「え?殿下?婚約?……シリル、何か勘違いしてるんじゃないかしら?」

「勘違いなんかじゃ無いよ。殿下あの人がこんなに興味を持った女性なんて、ヴィアが初めてだ」

 殿下とは世間話をしてただけで、婚約とかそんな話はしていない。それに、殿下ほどの人が私を選ぶはずなんてないと思う。

 シリル様ってば、何か誤解しているのかもしれない。

「シリル、本当に誤解だわ」

「だとしても、僕……正式にヴィアの婚約者になりたいよ」

「え?からかわないでよ。冗談……なんでしょ?」

「からかってってなんかないよ。僕そんな余裕なんてないよ。今まで、さんざん態度で示してきたつもりだけど……。ねぇ、ヴィア、僕をもっと見て。僕にはヴィアしか見えていないんだよ」

 だって……それは演技で……。他の女性のアプローチを躱すためじゃ……?
  
「演技か本当かだなんて分からないわ。私、恋愛経験もほとんど無いの……だから」

 シリル様は『自由な恋愛の国』ラナンクルスに留学して、たくさん恋愛をしてきて、経験も豊富かもしれない。だけど、私はこんな風に熱く口説かれたら、元に戻れないほど本気になっちゃう。

「僕だって経験は無いよ。とうしていいか分からないんだ。必死に余裕ぶって恋人のふりをしてたけど、とうしたら僕の気持ち信じてくれる?」

 頬を少し赤くして、
 泣きそうなぐらい真剣な瞳で、  
 シリル様は私を見つめていた。
 すごく愛されているって、錯覚しそう。

「私……怖いわ。本当に……本気にしてもいいの?」

「ごめんね。僕がはっきりと言わなかったから。今までどうしても勇気が持てなかった。ヴィアに男として見れないって言われるのが怖かったんだ」

「う……そ……」

「嘘なんか付かないよ」

「私で……本当に良いの?後悔……しない?」

「僕はヴィアがいい。ヴィアしか考えられない」

 この人は、どうしてこんなひたむきに私を求めてくれるのだろう?
 シリル様ほどの人ならその気になれば、王国一の美女だって、王女様との結婚だって望めるだろう。なのに、どうして?

 シリル様は私の手を取り跪いた。

「ありきたりな言葉だけど……フラヴィア、君を愛しています。僕と結婚してください」

 留学から帰ってきてからは、どちらかと言うと冷静で大人びた姿ばかり見てきた。照れ屋さんだった彼を懐かしく思うこともあった。

 でもこうして跪く彼は、年相応の少年で昔の面影を残していた。少し頬を紅潮させ私の返事を緊張しながら待っている。そのひたむきな感情が真っ直ぐに向けられているのを感じて、胸が熱くなる。
 声が震えて涙がでそう。

「お、お願い……します。で、いいの?」

「……夢……みたいだ。本当にヴィア、僕と結婚してくれるの?」

 お互いに夢みたいだって、信じられないって、言い合って、何だかおかしくなって笑った。



    
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