聖女は仮面夫婦を望みます

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アーシャント殿下視点

私には幼い頃からラディールという婚約者がいた。
ラディールはセルック公爵家の令嬢で利発で明るい少女だった。
婚約者といっても幼い頃から知っているため、半ば妹のような存在だったが、王族なのだから政略結婚は当たり前だ。
この友愛のような感情もいずれ恋に変わるのだろう、そう思っていた。


我が国は魔の森に隣接する。
結界が弱まってきて魔獣の出没が増えてきた所で、我が国に保護されている孤児院の少女が聖女であることが判明した。
しかもその少女は我が国に留まる事を希望しているという。
父である国王から聖女との婚姻を命じられた。
歴代の聖女は全て王族と結婚するか、教会で生涯を過ごしている。
王族で無ければ聖女を守りきれないからだ。
ラディールのと婚約は円満に解消され、私はミュゼリールと結婚することになった。

初めてミュゼリールに会った時、彼女の周囲だけが痛いくらい高潔で無垢な空気に包まれていた。
輝く黄金の瞳には一切の翳りも無く………触れるのが畏れ多い程だった。
傷付けることの無いよう、エスコートする手も震える。

近くで見る彼女は真っ白な肌に赤い唇が扇情的で…………いつかその真っ白な肌に自分の痕を刻むことが出来ると思うと胸が滾った。

話してみると、彼女は人柄も好ましく頭も良い。会話する度に惹かれていく。
ミュゼリールが自分の妻になってくれることが誇らしく、その日を指折り数えて待った。


けれど結婚式の後、セルック前公爵が私の元にきて耳打ちをした。

「ラディールが毒を飲みました。」

驚いて前公爵の顔を見ると、前公爵は申し訳無さそうに話を続けた。

「こんなこと大変な醜聞ですから内密に。ラディールは今夜が峠だと侍医が申しておりました。」

私の婚約解消に笑顔で応じてくれた筈だ。
その後は?彼女は別れる時どんな表情をしていた?
彼女の気持ちには気付いていた。それなのに…………。
俺は自分の事しか考えていなかったのか………。


公爵邸に着くと侍医が峠は越えたと教えてくれた。

「ラディール様が殿下に一目会いたいと。」

ラディールはベッドに寝かされていた。その顔色は青白く、あんなに溌剌としていた彼女の弱々しい姿に胸が抉られるようだ。

「アーシャント殿下?」

彼女の声はか細く、不安げに揺れていた。

「このまま手を繋いでいてくださいますか?」

ミュゼリールとの初夜だ。彼女に恥をかかせる訳にはいかない。王宮に戻らなければ。
けれど縋るように握られた手を、私は振りほどく事が出来なかった。私はラディールに付き添ったまま一晩を明かしてしまった。

初夜に公爵邸で過ごすなど………。

そのまま、私はミュゼリールと話す事が出来ないまま、彼女は祈りの儀に入ってしまった。

そして私は再び公爵家に呼ばれた。

「ラディールが食事を食べられないのです。このままでは衰弱してしまう。どうか殿下から説得して欲しいのです。」

ラディール公爵から頭を下げられ、断る訳にもいかなかった。

私が姿を見せるとラディールは嬉しそうに迎えてくれた。
「殿下となら食べれそうですわ。」

私が勧めれば、ラディールはよく食べた。

「やはり、殿下とならばラディールは食欲が戻るようです。」

公爵から頼まれ、これからもラディールの食欲が回復するまで、公爵邸に通う事を約束してしまった。

理由を話せばミュゼリールなら許してくれるだろうと思っていた。
人の命に関わることだ。
聖女であるミュゼリールなら………。


祈りの儀から出たミュゼリールは魔力が枯渇し、歩くことも出来なかったと聞いた。

ミュゼリールの体調も戻ったとの報告を聞いて彼女に初夜の時の事を説明しようとするが、話題を反らされる。

彼女との会話も業務的な内容ばかり………。
甘い空気を作ろうとすれば、やんわりと避けられる。
ミュゼリールとの距離を縮める事が出来ないまま、数ヶ月が過ぎようとしていた。

相変わらず、ミュゼリールが祈りの儀に入るとセルック公爵家に呼ばれる。

前公爵は王家の血を引くとはいえ、断れないことは無かった。
けれど、弱々しくなったラディールの頼みを断る事が出来なかった。
そしてとうとう、
「アーシャント殿下、後生です。私を抱いてくださいませ。殿下と結婚出来ない事は分かっております。けれど、………。長年殿下だけを想ってきました。どうか一度だけでも情けを………。私に思い出をください。」

ラディールが背後から私に縋りつき、請うように声を絞り出す。
私のせいで毒まで飲むほど苦しんだ彼女を振り払う事など出来なかった。
ラディールは小刻みに震え、私を見上げる目は潤んでいて……。
…強烈な劣情が私を支配した。

とうとう私はラディールを抱いてしまった。
一晩だけだと自分に言い訳しながら………。


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