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5.シーヴァー視点
しおりを挟む子供のように幼い顔の女性。
それは目の眩むような多幸感ーー
彼女を決して逃がしはしない。
☆
立ち寄った飲み屋に女が一人で酒を飲んでいた。嗅いだ事の無い甘い匂いに吸い寄せられるように、その女性の隣に座った。
「おにーさん、綺麗なお顔ーっ。」
いきなり俺の頬を両手で挟んで、彼女はキャッキャッと声を上げて笑う。その声はひどく楽しげで、自分の表情もつられるように緩んでいく……。
「おにーさん、一緒に飲みましょう。そして私の可哀想な身の上話を聞いてよぉ。」
「酒を飲んでいるようだが、成人してるのか?」
「ええ、25歳よぉ。私小柄だし童顔でしょう?よく間違えられるの。」
子供のような幼い容姿。小さくて黒目がちな瞳は表情豊かで、俺の隣で笑ったり怒ったり忙しい。
彼女は異世界からの渡り人だそうだ。いきなり知らない世界に転移して不安なのだろう。元の世界に残してきた両親や友人の事を話すうちに「なんでこんな事になっちゃったんだろう。」と声を上げて泣いてしまった。
なんとも無防備な初対面の女性。
本来そんな女性に泣かれたら面倒くさいだけだ。いつもの俺なら相手にしない。
なのに彼女が泣いていると放っておけなかった。匂いにつられ磁石のように彼女から離れられない。
女の愚痴なんて聞いていて楽しいはずが無いのに、彼女の唇から出る言葉は逃さず聞き取りたかった。
女には優しい言葉なんて掛けたことがない。だからどうしていいか分からずただ話を聞きながら黙々と酒を流し込む。端から見れば、俺は彼女に絡まれているように見えただろう。けれど、不思議と嫌な気分じゃない。
自分の腕に凭れ掛かるカナデから甘い匂いが漂う。今すぐ抱きかかえたい衝動を必死に抑え平静を装った。
「私……元の世界でもお兄さんみたいなイケメンにこんなに優しくしてもらった事なんて無いです。」
「イケメン……?」
「カッコいい人のことです。」
「この顔は好みか?」
「もちろんです。でも、私は地味な顔だから釣り合わないだろうなー。」
「そんな事は無い。すごく……可愛いし……魅力的だ。」
「あはは、お世辞だとしても嬉しいです。」
「いや、世辞などではない。」
彼女を真剣に見つめた。俺も酔っているのだろう。けれどそれ以上に彼女は酔っていて、頬はほんのりピンク色に染まり、目も潤んでいて……。その官能的な表情は俺の理性を容易く奪ってしまった。
「俺がどれだけカナデを可愛いと思っているか証明するから、一緒に来てくれ。」
「うーん。それってアレだよね。初対面なのに?……イケメンだし、優しいし、まっ、いっか。」
ゴニョゴニョと言った後、彼女は俺の腕に更に強くしがみついた。
「良いのか?」
「はい。」
今思い出しても、あの時の俺に情動に抗う術は無かった。
酔っていた俺は彼女を近くの宿に連れ込んでしまった。
彼女は寂しさを紛らわせたかっただけかもしれない。そんな彼女の心の隙間つけこんだ。彼女から漂う甘い匂いはまるで媚薬のよう……。
カナデは初めてで、俺は破瓜の血を見て焦った。こんな情緒も無い場所で彼女の純潔を奪うなど……。
……止まれなかった。
他の女には無い、カナデだけに抱く特別な感情。
カナデとずっと一緒にいたい。彼女はきっと俺の番だから。
番と出逢えるなんて、獣人の国でも珍しいと聞く。俺は幸運だ。
明日はデートして告白しよう。その時の俺はまさかカナデに逃げられるなんて思ってもいなかった。
翌朝、起きた彼女の反応は意外なものだった。
「ごめんなさい、まだ愛とか分からなわ。」
彼女が逃げるよう宿を出た後、取り残された俺は脱け殻になったような喪失感に打ちのめされた。
「俺、フラれたのか?」
初めての失恋は心をひねり潰されたようで……。彼女は獣人ではないから、番が分からないのか?
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