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23.

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子爵家では王家から派遣された執事が領地の事や当主としての仕事をバルドルに指導している。
そして私達はマナーやダンス、教養など、毎日家庭教師が我が家を訪れ、忙しく過ごしていた。

「こんな感じでイメージしてるんだけど。」

バルドルは庭園に精霊のそのを作ることにした。
温室になっていて池も作る予定だ。

「あの花畑のように庭園に花を沢山植えようと思っていたんだ。季節が移り変わってもいつも花を楽しめるようにしよう。」

「ええ、素敵ね。」

バルドルの語る未来はいつも少し眩しい。
花が溢れるこの庭園で、私達の子供が甲高い笑い声をあげながら転げ回る。
そんな光景が手に届きそう。

バルドルを見上げると、肩に手を置いて口づけが降りてくる。
ゆっくりと唇を重ね、それから味わうように私の唇を食んだ。

「早くディアナの全てが欲しい。」

掠れた声が空気の振動となって耳朶を擽る。
彼の濡れた口元を見て、思わず俯くと直ぐに顎を捉えられる。
無防備な唇を割り開き彼の舌が入ってくる。全てを暴くように彼の舌が口腔内を擦る。息苦しくて、でも止めて欲しく無い。
彼に縋るように胸元の服を掴んだ。

「はぁー。あー駄目だ。好き過ぎる。我慢出来る気がしない。」

彼は私の顔を挟み込んだまま、頭に顎を乗せて呟く。

「私はバルドルに全てをあげるのね。楽しみにしてるね。」

屈託無い笑顔を浮かべてバルドルを見る。
彼は拍子抜けしたような複雑な表情でぶつぶつ何か言っている。

「……うん?……ああ、……何するか知らないのかな?えっ?誰が教えるんだ?」

私には前世の記憶があるので、大方何をするのかは知っている。
実戦経験は無いが……。
彼のそんな困った顔は珍しくて可愛い。

そんな小さな攻防を繰り広げながら、結婚式までの日々は過ぎていった。

★★★

パーンパーンパーン

祝砲が鳴り響く。

結婚式は国の行事として取り仕切られ、盛大に行われた。
王都内の大通りをパレードをして移動し、中央通りで降りた後、白い絨毯の上を歩いて大聖堂まで歩く予定だ。
太陽の光を反射して輝くその白い道を縁取るように、沢山の花が置いてあった。

「ディアナ、手を。」

目の前には黒色の長髪を束ねて、私の名前を呼ぶ愛しい人。
彼の手に自分の手を重ねてふわりと微笑んだ。
緊張で硬くなっていた彼の表情が優しく崩れる。

「緊張するな。」
「ふふっ、私も。でもそれよりも嬉しいの。」

飾られた花は国民の感謝だ。
私達の恋物語は全国民が知っている。
この道を思い出の花畑の再現のように彩ってくれた。
皆が私達を祝福してくれているのだ


余計なことは話さない彼の恋愛話をどうして皆が知ってるのか不思議だった。
その理由をアレク様が教えてくれた。

魔術師協会に居た頃からバルドルが無理な鍛練を重ねる理由を仲間達が知りたがっていたらしい。
彼はあまり自分の事を話さない。
けれどバルドルがポツリポツリと話す昔話を繋ぎ合わせて皆で彼の初恋を予想した。そしたら『どうしてみんな知ってるんですか?』って言うものだから、予想が当たっていたと確信したそうだ。

「お花が綺麗ね。」
「ああ。」

道を飾る花は国民が自分達で持ってきたもの。中には子供が摘んだような小さな花束も置いてある。

「バルドル様ー、ディアナ様ー、おめでとうございます。」
「どうぞ、お幸せにーー!」
「バルドル様カッコいいー!」
「ディアナ様きれー!」

人々の声が届く。
嬉しくて、それでも恥ずかしさの方が上回ってきた。
だって、近い!
もの凄く見られてる。

バルドルを見上げて見ると彼も緊張しているのが伝わった。
似た者夫婦だ。

英雄とその妻として、私たちは表情を強張らせながら辿々しくその結婚式を終わらせた。
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